第229話 かいだん


 トラブルが放り投げたTシャツは寝ているゼノの顔に着地した。


「うわぁ! トラブル!」


 下着1枚の恋人を、テオが慌ててブランケットで隠す。


 セスは手を叩いて大笑いした。


「見たか? 体も真っ赤だったぞ」

「見ないで下さい! 全身まだら模様の赤い牛みたいになるって言ってました」

「まだらの赤い牛? ホルスタインか。見せてみろ」

「ダメに決まってるでしょう! セスはベッドでジョンと寝て下さい!」

「筋肉ブタと寝たら潰されるから嫌でーす。歯磨きして来よう」


 セスはニヤリとしながらバスルームに消えた。


 テオはゼノを中央のマットに転がし、ゼノを挟みトラブルと反対側にセスの寝床を確保した。


 自分はゼノとトラブルの間に入り、ブランケットを広げる。


「僕とトラブルのベッドなのに、ジョンったら……」


 ベッドから足だけ出しているジョンをひとにらみして横になる。


 すると、トラブルがブランケットの下で、もがき出す。


 腰を上げ、足を上げて足からジーンズを引き抜き、バッと放り投げた。


 ゼノの顔に再び着地する。


「ちょっと! トラブル! 裸になる気⁈」

「お、いいぞー、赤いホルスタイン。全部、脱げー。ホルスタインにしては、貧乳か」


 セスは、ゼノの顔のジーンズを退かしながら横に座る。


「僕の彼女にそういう事を言わないで……ってちょっと! トラブルー!」


 トラブルは眠ったまま、テオが押さえるブランケットから、逃れようと手足をバタつかせた。


「こんなに寝相が悪かったっけ?」


 テオが苦戦していると、セスが助け舟を出す。


「暑いんじゃないか? 水を飲ませてみろよ」


 テオは冷蔵庫から冷えたペットボトルの水を取り出し、トラブルを抱き起こして口に当てた。


 トラブルは喉を鳴らしてゴクゴクと飲み干し、スーッと落ち着いて寝入って行った。


 ホッとするテオ。


 ゼノをまたいで部屋の電気を消し、トラブルとゼノの間で横になる。


(もう、世話を焼かせるんだから。ノエルは僕に任せて、ゆっくり休んで……)


 テオはトラブルを腕枕し、彼女の寝息を聞きながら夢の中に落ちて行った。





 セスも、ゼノの足を退かして横になる。


 コップの底に残る日本酒に手を伸ばすが、思い直して天井を見上げた。


 幹線道路を通る車は減り、外は静かだった。


 時折、車のライトがセスの見る天井を走り、室内を照らす。


 ふと、気配を感じて2人掛けのテーブルを見た。そこには、髪の長い女と新聞記事で見かけた男が座り、笑い合っていた。


 その2人は煙のように消えると、ベッドの上に現れ、熱い抱擁ほうようを交わす。


 2人は、また消え、今度は男が出掛けるのを女が階段上から見送っている。


 男が何かを言い、女はコロコロと鈴の音のような笑い声を上げて手を振った。


 女の姿がフワッと消える。


 セスが階段に視線を移すと、男はセスの胸の上に手を置き、顔をのぞき込んでいた。


「うわっ!」


 飛び起きた。


 見回しても誰もいない。自分の心臓の音が耳を支配している。


(何だ……夢か? いや、胸に手の感触が残っている……あれは、チェ・ジオンだ……あの女はトラブル……いや、ミン・ジウだ)


 セスは、テオの腕の中で眠るトラブルを見る。


(今のは、こいつの記憶? また無意識に同調シンクロしてしまったのか? なぜ、チェ・ジオンが俺の前に。 俺に何を知らせたかったんだ……)


 セスは胸元をさすりながら強烈な喉の渇きに襲われた。冷蔵庫から水を取り出し飲む。


 ベッドのジョンが寝返りを打つ。


 ゼノは軽いイビキをかき、テオはトラブルを抱いたまま背中を向けている。


 キッチンに寄り掛かり部屋を見渡すセスの目は、階段にきつけられた。


 月の明かりだけを頼りに階段に向かう。


 階下は真っ暗な世界だった。


 セスは恐ろしさを感じ、迷いながらも一歩一歩、ゆっくりと階段を下りて行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る