第146話 クローゼット


「トラブル⁈ どうしたの⁈」


 トラブルはテオの胸に抱き付いたまま離れない。 


 テオは背中に手を回し、優しくさすった。


「怖い事、思い出したの?」


 トラブルはテオの胸で首を横に降る。


 テオはトラブルをさすりながら、困った顔で部屋を見回した。


 壁も天井も窓枠も、あちらこちらでき出しの木材がささくれ、気を付けないとトゲが刺さりそうだ。


 素朴な棚や引き出しは手作りに見える。


「ねえ、トラブル。この棚はチェ・ジオンさんと作ったの?」


 トラブルはやっとテオの胸から顔を上げ、腕の中で手話をした。


いいえ、この家は彼の叔父さんが自分の趣味の為に建てた家です。釣りとバードウォッチングが趣味で鳥の写真愛好家でした。彼は子供の頃、叔父さんにカメラを教えてもらいました。彼がカメラマンとして仕事を始めた時、叔父さんは喜んで、この家に彼を住まわせました。この家を結婚祝いのプレゼントにすると言っていました。


「いい人だったんだね」


はい。何でも手作りしていました。釣った魚を干物にしたり、川原で焚き木をしてバーベキューをしてくれました。彼は叔父さんが父親だったら良かったのにと、よく言っていました。


「そうだったんだ」


テオ、2階を案内します。


「うん」


 トラブルはテオから離れ、靴のままで階段を昇る。テオも続いた。


 階段を上がりきった所で靴を脱ぐ。


 テオは高い天井に驚きながら「すごく広くて明るいね」と笑顔を向けた。


 窓から外を見て幹線道路との位置を理解する。


「あっちが川で、こっちが道路で……周りに家がなくて何だか隠れ家みたいだ」


 ソウルの喧騒とかけ離れたその空間は、まるで違う世界に迷い込んだ気持ちにさせる。


道路からは、この家自体が見えにくいのでゼノの車を停めてもファンに見つけられる心配はありません。


「え、皆んなも来ていいの?」


もちろんです。遊びに来てと伝えて下さい。


「僕だけじゃないんだ……」


あ、テオが嫌なら伝えなくていいです。


「ううん、嫌じゃない。僕とトラブルのカモフラージュになってって頼んであるし」


カモフラージュ?


「うん。でも、この隠れ家があればデートには困らないね」


 “デート” の単語にトラブルは思わずはにかんだ。


そうですね。こっちが寝室とバスルームです。


「うわ、可愛いお風呂だね。あ、ダブルベッドだ。そこは?」


クローゼットです。


「見てもいい?」


 トラブルは、どうぞと、クローゼットを開ける。


 広くはない空間が広く感じるほど、上着が数枚掛かっているのみで何もない。


 ふと、下を見ると男物のブーツが一足置いてあった。テオは気付かないふりをしてドアを閉めた。


「……外から見ると山小屋みたいだけど、中は広くていい感じだね」


 テオはベッドに座る。


「うわ、このベッド、ホテルみたいだ」


 トラブルも笑いながら隣に座る。テオが座ったままねるのでトラブルも揺れた。


 テオはドサッと横になり天井を見上げた。


 トラブルも隣に横になりテオを見る。そして、テオの腕を取り、自分の頭の下に回して腕枕をさせた。


 テオは腕に乗る小さな顔を見た。


 胸の上に手を乗せてくるトラブルの頰をでる。


 トラブルもテオの頰から唇へ指をわせた。


 ベッドに横になったまま向かい合い、見つめ合う。


 トラブルはテオの首に手を回して引き寄せた。


「トラブル……」


 テオは真剣な顔をしてトラブルを見つめ、そして一言。


「お腹空いた」


 え、と思う間に「僕、お腹空いたよ」と、起き上がる。


 今は仕事中ではないのにと、ベッドに残されたトラブルは天井を見上げ放心する。


「お昼どうする?」


 テオはベッドに座ったまま振り向かずに床を見て言った。


 しばし沈黙の後、トラブルは指をパチンと鳴らす。


 振り向くテオ。

  

 トラブルはベッドに横になったまま、ハンバーガーと、大袈裟に手話をして見せた。


「ハンバーガー? 買いに行くの?」


 いいえと、トラブルは起き上がり、キッチンに材料を並べていく。


「作るの? 僕もやりたい!」


 テオが野菜を洗い、トラブルの指示に従い切っていく。


 トラブルはフライパンで牛肉を炒めプルコギを作った。


「ハンバーガーってハンバーグじゃないの?」


 トラブルはニヤリと笑い、まあ見てて下さいと、料理を進める。


 バンズの下にバターを塗り、レタス、スライスオニオン、プルコギを乗せ、その上からたっぷりとマヨネーズをかける。


「プルコギにマヨネーズ⁈」


 上にバンズを乗せて出来上がりだ。


 トラブルは熱々のプルコギバーガーをテオに、あーんと、差し出した。


 テオは一口かじって「美味しい!」と、目を丸くする。


「プルコギとマヨネーズって合うんだ!」


プルコギを醤油ベースにするのがポイントです。


「醤油とマヨネーズ、最高だね!」


 次にジャガイモを薄くスライスし、ガーリックオイルでカラッと揚げる。塩を振って皿に盛った。


「ポテトチップス⁈ 家で作れるんだ!」


 トラブルはマヨネーズを塗ったバンズにレタスとトマト、今、作ったポテトチップスを乗せてブラックペッパーを振る。


「チップスバーガーだ!」


 テオがかじるとパリパリっと美味しい音が鳴る。


「んんんー!」


 最高ー!と、テオは手話をした。


 テオの唇の端にマヨネーズが付いている。トラブルは指でき取ろうとするが、テオは、その指を避けて自分でマヨネーズを拭き取った。


 トラブルはテオの何かが、おかしいと感じる。


けられてる……?)

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