第115話 テオ役立たず


「トラブル! これ、どうすればいいですか⁈ 」


 ゼノに任せたチャプチェがげそうになっている。


 慌ててフライパンを奪い取り、火を止めて皿に盛っていると「トラブル! サムゲタン吹いちゃってるよ!」と、ノエルが叫びながら火を弱めた。


 トラブルは、火を弱めないで! と、ノエルに首を振って見せるが通じない。


 チャプチェを急いで盛り、サムゲタンの火を強める。もう一度沸騰を待って水を追加した。


 にんにく・生姜・長ネギを投入し、さらに煮込む。


 鍋の脇にサムゲタンに入れるご飯を用意して、素早くサムギョプサルの三枚肉を焼き始める。


 トラブルは、テーブルセッティングをとジェスチャーして見せるがゼノに通じない。


「テオー!」と、ゼノが呼ぶ。


「この、ご飯どうするの?」


 ノエルの質問に、サムゲタンに入れると、ジェスチャーで言うが、ノエルは「入れればいいの?」と、ご飯を鍋に入れようとする。


 トラブルはガッとその手首をつかんで止めた。


「ごめん、違ったの? テオー!」

「テオ、ここに居てくれないと困りますよ!」


 2人は呼ぶが、ジョンが「テオ、トイレだよ」と、言う。


「テオは通訳の役目をすっかり忘れてますね」

 

 ゼノはまったくと腕を組む。


「セス、早く帰って来ないかな」


 ノエルのつぶやきにトラブルもうなずきながら、茹でた水菜を出汁醤油・ごま油・塩、そして、炒りごまとあえる。


 ピンポーン。


 玄関のインターホンが鳴った。


「セスですね」


 ゼノが出迎えると、セスは疲れた様子で帰って来た。


「あー、いい匂いだな」


 ノエルは自室に行こうとするセスを引き止めて通訳を頼む。


「あ? テオは?」

「今、トイレだけど、ジョンと遊んじゃって僕達3人共、困ってるんだよ」

「しょうがないヤツだな。何をやればいいって?」


 トラブルは三枚肉を焼きながら、口パクで言う。


 セスは読唇術(第2章第8話参照)を使い、トラブルの指示を2人に伝えた。


「ゼノ、テーブルセッティング。ノエル、卵2個を溶いて。セス、肉焼くの代わって。ええ⁈ 俺も⁈ 今、帰って来た所なのに…… 」


 渋々、トラブルからフライパンを受け取る。


 トラブルはサムゲタンにご飯を入れて一煮立ちさせた。ノエルから溶き卵を受け取り、回し入れて、刻みネギ・白ごまを散らして完成だ。


「品数、多くないか?」


 疲れた顔のセスが眉間にシワを寄せる。


 諸事情により2品ほど増えましたと、トラブルは遠くを見て手話をした。


 察しのいいセスは、それ以上聞かない。


「テオは? まだ、トイレ?」


 ノエルがジョンに聞くがジョンは知らないと言う。


 ノエルはテオの部屋に向かい「テオ?」と、ドアを開ける。すると、テオが床に倒れていた。


「トラブル!テオが倒れてる!」


 ノエルの声で全員が駆け付ける。


「テオ、テオ!」


 叫ぶノエルを横にやり、トラブルが脈を取り、まぶたを上げ眼球を見る。すると、テオが動き出した。


「んー? 僕、寝ちゃってた? お腹空いた」


「もー、驚かさないでよー」


 ノエルが幼馴染の頭をはたく。


「お前は通訳もしないで、なに寝てんだっ」


 セスはノエルよりも強くテオの頭をパシッと叩いた。


 テオは頭をおさえながら「すごく、眠くなっちゃったんだもん。ごめんね、トラブル」と、上目遣いで眠い目をこすった。


 いいえと、トラブルは微笑む。


「ご飯にしよー!」


 腹ペコジョンの掛け声でテーブルに着く。


 トラブルはエゴマの葉とチコリをテーブルに運ぶ。ハサミで切ったサムギョプサルを中央に、料理の乗った皿を並べた。


 思い思いに手を伸ばし食べ始めるメンバー達。


「これが食べたかったんだよー」

(第1章第41話参照)


 ジョンは鶏モモ肉の味噌焼きを口に入れて箸をくわえたまま感動する。


「ねえ、前より少し辛くない?」

「辛味噌ベースがですからね」


 ゼノはこちらの方が好みだと言う。


 トラブルは立ったままメンバー達の間から料理を取り分け、一人一人の世話をした。


 テオはサンチュに辛味噌ダレをつけた三枚肉とキムチを巻いて「トラブル、あーん」と差し出す。


 トラブルは少し驚いて、それでも素直に口で受け取った。


「!」


 一口で食べたトラブルは顔をしかめ水を飲む。


 辛いですと、手話で言う。


「ごめん! そんなに辛かった?」

「辛いの苦手だって知らなかったのか?」


 セスは呆れた顔をして鶏肉を頬張る。


「ごめん、トラブル。忘れてたよ」


 大丈夫です、私はこちらを食べますと、サムゲタンを取り分ける。


「サムゲタンって手羽先で出来るんだね。レシピ教えておいてよ」


 ノエルにうなずきながらキッチンで立ったままご飯をかき込む。


「こっちで食べなよ」


 テオの言葉に従い、トラブルはテーブルに来るが、チョレギサラダに三枚肉を乗せてテオの横で立ち食いをする。


「お行儀が悪い」


 テオにそう言われても、トラブルはうなずくだけで座らない。食べながら、汚れた皿を取り替えながら、メンバー達の食事の世話を続けた。


「お酒が飲みたい」

「俺も。ジョン、ビール取って来い」


 ノエルとセスに言われてジョンは席を立とうとする。トラブルは、明日は採血なのでダメですと止めた。


特にノエルは肝機能がギリギリなので今日は飲んではいけません。


「ノエルはもうすぐ死にます」


 セスは笑いをこらえて通訳して聞かせた。


「嘘⁈ どういう事⁈ 」


 ノエルは目を見開く。


 そんな事言っていません!と、トラブルは首を振った。


 テオが笑いながら「セス、そんな事したら信用を失うよー? ノエル、トラブルはノエルの肝臓がキリキリして…… えーと、何だっけ?」

「テオの通訳も信用出来ない!」


 ノエルは結局、セスに聞き返した。


「肝機能がギリギリだから、今日は飲むなってさ」


 セスが笑いながら答える。


「え、本当? ギリギリセーフ? アウト?」


 トラブルは、両手を広げ『セーフ』と、ジェスチャーする。


「良かったー」


 胸を撫で下ろすノエル。


 トラブルは目を細めて、水菜のナムルと三枚肉をサンチュに巻いて口に入れた。


「あ、そうだ。さっき途切れちゃった話、毎日自炊しているのかって質問の答えは?」


 もぐもぐと頬張るトラブルに注目が集まる。



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