第250話 屋上ランチ


 次の日、トラブルが医務室でパソコンに向かっていると、ユミちゃんがア・ユミの手を引き現れた。


「トラブルー! ランチに行こう!」


 後ろのダテ・ジンは、明らかに3人前ではないテイクアウトの袋を手にぶら下げている。


(断られる前提ぜんていが、ないな……)


 トラブルは笑いながら、はいと、うなずき、パソコンを閉じて医務室の戸締りをした。


 ドアに外出中の札を下げ、ダテ・ジンの手から、袋を半分引き受ける。


「あ、ありがとございます」


 ダテ・ジンのたどたどしい韓国語に微笑み返し、上行きのエレベーターを4人で待つ。


「一緒にランチするの、久しぶりよね? 時間が合わないのよ、トラブルと私」

「忙しいのですね」

「そうなのよー。デビュー予定の新人を任されちゃったから、勉強会するヒマもないのー」

「勉強会?」

「私達ねー……」


 ユミちゃんが言いかけた時、エレベーターが開いた。


「あれ、ユミちゃん。どこに行くの?」


 ジョンが顔を出す。


 エレベーターには、メンバー達が乗っていた。


「あんた達、また、専用運転にするの忘れたわね。私達は屋上にピクニックランチに行くのよ」


 自慢気なユミちゃんに、ジョンが手を挙げる。


「僕も行きたい! ゼノ、いいでしょ?」

「まあ、我々も休憩ですが。食事は控え室にジョンの分もありますよ?」

「じゃ、取ってくるから。ユミちゃん待ってて!」

「何、言ってんのよ。待たないわよ。ほら、れなさい」


  ユミちゃんは、メンバーを押し退けエレベーターに乗り込む。


 手をつながれたままのア・ユミも恐縮しながら頭を下げて、皆の前に立った。


 トラブルは、テイクアウトの袋でダテ・ジンの背中を押し、テオの前に立つ。


 テオはトラブルの持つ袋に目を落とし、くんくんと鼻を動かす。


「いい匂いだね。今日のランチは何?」


 トラブルは、知らないと、肩をすくめる。


「今日は、ピザとチキンよ」

「えー、いいなぁ。僕も参加していい? テオも行こうよ」


 ノエルが誘う。


「うん。ユミちゃん、いい?」

「いいわよ。ただし、手ぶらで来ちゃダメよー」


 エレベーターは先にメンバー達を下ろし、ユミちゃん達を乗せたまま、最上階に向かう。


「あの、メンバー方は、いつもこんなに親しげなのですか?」


 アーティストの世話役を務めてきたア・ユミは、対象がどんなに素朴で親しみやすい性格だとしても、周りのスタッフは恐れに近い敬意を払って接する場面しか見た事がなかった。


 ユミちゃんはそれを知ってから知らずか胸を張る。


「そうね。私は練習生時代からの付き合いだから、特別なのよ」


 ユミちゃんという意味では間違ってはいないのだがと、トラブルは下を向いて笑いをこらえる。


 最上階から階段で屋上に上がる。


 空は薄く曇っており、真夏の日差しを柔らげていた。


「わー、気持ちがいいですねー」


 ア・ユミの反応に気を良くしたユミちゃんは、トラブルと敷物を広げる。


 ダテ・ジンは取り皿とおしぼりを配り、ナイフとフォークをピザの箱に出しておく。


「いっちばーん!」


 走って来たジョンが、勢いよく敷物に座った。


「ジョン、危ないよー」


 うしろからノエルとテオが手に自分達の昼食を持って、追って来た。


 ア・ユミとダテ・ジンは立ち上がり、メンバー達のスペースを作る。


「ちょっと、あんた達がオマケなんだから、もっと遠慮しなさいよ」


 ユミちゃんに言われ、ジョンは素直に小さくなって隅に座った。


 ユミちゃんは左右をア・ユミとトラブルで固め、ご機嫌な様子でメンバー達の昼食の蓋を外して行く。


 トラブルがノエルの右手を指差し、手話をした。


「ん? 痛くないよ」


 ノエルは答えるが、トラブルは、違うと、首を振る。


「腕をりなさいってさ」


 テオが通訳して伝える。


「あー、一度外すと、つい忘れちゃうんだよね」


 ノエルはポケットから三角巾を取り出し、テオに手伝ってもらいながら腕を首からるした。


「テオさんは、手話が分かるのですか?」


 ア・ユミは驚いてテオとトラブルの顔を見る。


「あー、2人は従兄妹いとこ同士なんだ。だから、テオは手話に慣れているんだよ」


 ノエルがフォローを入れる。


「えー! そうですか!」


『お2人は、いとこ、なんですって!』


 ア・ユミはダテ・ジンに日本語で伝えた。


『えっ、ウソー』


 ダテ・ジンは口を手で押さえて、目を丸くした。


 その仕草をノエルが笑いながらマネをする。


「え、うしょー」

「ノエル、悪いよー」


 テオがノエルをたしなめるが、ア・ユミは、いえいえと手を振りながら「この子、変なんです」と、笑う。


「ダテくんは、女の子っぽいモノが好きで、仕草もオネェが入ってるんですよー」


 皆が自分を見て笑うので、ダテ・ジンはキョトンとして、頬に手を当てる。


「なにですか?」


 ダテ・ジンは覚えたての単語を使い、聞き返すが、それもまた笑いを誘う。


『伊達くんは、オネェだって言っておいたから』

『えー! やだー! 違うって言って下さいよー!』


 トラブルは、上を向いて大笑いする。


「トラブル、ア・ユミさんは何て言ったの?」


 トラブルはテオの質問に手話で答えた。


「ちよっと、テオ、トラブルはなんて言っているの?」

「ダテ・ジンさんの言い方が女の子っぽかったってさ」


 ダテ・ジンをからかいながら、楽しいランチタイムは過ぎてく。


「あ、トラブル、このチキンは辛いよ。こっちにしな」


 テオとトラブルのやり取りを聞いて、ア・ユミが質問をした。


「皆さんは、好き嫌いはありませんか? 日本で食べたい物とか行きたい場所とか、ご希望があれば、なんでも言って下さい」

「なんでも⁈」


 ジョンがチキンに喰いつきながら話にも喰いつく。


「はい、なんでも」


 ア・ユミは自信を込めて胸を張る。

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