第156話 イヤ
「トラブル……」
テオはトラブルの少し濡れた髪を耳にかける。タオルとトラブルの間に手を入れて、顔を上げさせた。
親指で涙を
そんなつもりはなかった。ただ冷えた体を温めてあげたいと両手で頬を包むだけのつもりだった。
しかし、トラブルの伏せられた
テオはトラブルの頰に自分の頰をつけ、耳にキスをした。
トラブルはビクッと反応した。
その反応にテオの体の中心が熱くなり始める。
頬、こめかみ、まぶた、額と、テオはキスで愛おしいと伝える。
反対側の目と頬にもキスをしながら、トラブルをそっと押し倒す。
テオの体の中心には血液が集まって来る。
テオは顔を傾け、トラブルの半開きの唇に自分の唇を重ね……ようとした時、トラブルが口パクで、テオと呼ぶ。
「なあに?」
テオは愛の言葉を期待した。
お腹が
トラブルは、そう手話をしてテオを押し退けて起き上がる。
テオも「うー」と、言いながら体を起こした。
「そういう、お返しする?」
仕返しです。
「そう、それ」
お寿司が食べたいです。
「僕はトラブルが食べたいです」
最低ー。
「なんで!」
お腹が空いて気持ち悪くなりそうです。
気分が悪いと訴える相手に、自分の欲望を満たしてからだと問答無用で押し倒す無骨さはテオにはなかった。
しぶしぶ、
「分かったよ……さっき川原で倒したからグチャグチャになってないといいけど」
テオはゼノが詰めてくれた寿司のパックを取り出す。寿司はきっちりと詰められていて動いてはいなかった。
トラブルは2階の明かりを点け、紙皿と醤油を用意する。食器棚からプラスチックのフォークを出すと、テオは鞄から割り箸を出して見せた。
おー!と、拍手をするトラブル。
「マイコップも持って来ました」
テオはそのコップを洗い、ビールとカクテルチューハイを冷蔵庫から取り出してテーブルに置く。
「お寿司に合わないかなー。でも、乾杯しようよ」
私は水がいいです。
「真っ赤なトラブルが見たい」
テオは細い腰を引き寄せ、顔を近づける。
トラブルは、のけ反りながらテオの顔に手話を当てた。
見せません。
「なんで⁈」
テオから逃げて、何もないリビングに走る。部屋の中央で振り向き、視線を下げた。
……恥ずかしいから。
「!」
テオはトラブルに歩み寄るが、トラブルは逃げる。
捕まえようと追いかけるテオと逃げるトラブル。
テオが手を伸ばしても、トラブルは笑いながらクルクルと身を
「なんで、逃げるの!」
テオがギブアップと両手を上げた。
トラブルは、お腹空いたーと、テーブルに着く。
「なんで、逃げるのー」
トラブルは笑いながら答えない。いただきます、と手を合わせて寿司を食べ始めた。
テオも、
ビールを開け、やけ気味にグビッと飲んだ。
トラブルは上目遣いでテオを見ながら、あーんと、寿司を差し出す。
テオは眉を下げたまま、それでも素直に口を開けた。
「ん、美味しい!」
目を細めて
テオの機嫌はあっという間に直った。
「お寿司は久しぶりだなー。ポテトチップス残ってる?」
トラブルはポテトチップスをテオに渡し、残りの野菜でサラダを作る。
その手際の良さと触れる事も出来なかった運動神経の持ち主が、視線を下げて恥じらう姿を思い出し、テオの顔はニヤけてくる。
肘をつき、ポテトチップスとビールを飲みながらニヤニヤとだらしない顔をして見ていると、トラブルが
鞄を指差す。
お泊りセット?
「うん。ゼノが明日10時までに帰ればいいって」
ノエルもセスもジョンも知っている?
「うん。ノエルが鞄を出してくれたから。なんで?」
……今夜、
「よこしま? あ! な、なんで、そんな事聞くのさ! いや、そ、そ、そ、そりゃあ、考えていないと言ったら嘘になるけど、でも、そんな直球ストレートに……」
直球とストレートは同じで……ま、いいか。 私は、嫌です。
「ええ⁈ 嫌なの⁈」
泊まるのは構いませんが、ノエル達にその……今日と知られるのは嫌です。
「う。そ、そうだね。絶対からかわれるし……。うん、分かった。よこしまな事はしません。絶対、約束」
これはノエルにレクチャーされていないパターンだった。しかし、女心には理解を示せと念を押されていた。
テオは愛する人のホッとした顔に笑顔を向けながら、心底、泣きたくなる。
(マジかー……)
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