第98話 お返しのキス
「!」
スタッフ達の言葉にならない焦りの声が響き渡る。
ドア前のスタッフがLiveが終わったと思い込み、訪ねて来たトラブルを入れてしまったのだった。
トラブルはトレーに乗った検尿カップをマネージャーに差し出すが、ふと、全スタッフの視線を感じて立ち止まる。
マネージャーが慌ててバツの字を手で作りながらトラブルを部屋の外に押し戻した。
思わず笑うメンバー達。
そのままLiveカメラを切り、終了させた。
「映ってないか確認しないと」
マネージャーは顔面蒼白で映像を見直す。
ノエルは「もう、配信されたし、チラッとなら大丈夫でしょう?」と、一緒に映像を見る。
「うん、大丈夫ですね。ドアが開いたのは分かりますがトラブルは映っていませんよ」
ゼノが言うと、セスがマネージャーの脇から手を伸ばして画面のスロー再生ボタンを押す。
そして「ここ」と、指差した。
壁に立て掛けられた鏡に、トラブルが映り込んでいた。
「ああー!」
マネージャーとスタッフ達は今度は声を上げて頭を抱える。何やら話し合いを始めるが、すでに配信されてしまった映像の編集は出来ない。
「もし、ファンが騒いでも白衣を着ているし医務スタッフだから大丈夫でしょう」
「いや、女性スタッフがメンバーの近くにいるだけで炎上しますよ」
「ほんの一瞬、鏡の中に映ったトラブルを女性と分かりますかね」
「身長は分からないし、男性医師って事にすればいいのでは?」
「そうですね、男に見えますね」
「男ですよ」
「それで行きましょう」
スタッフの話し合いを聞いてセスは笑う。
廊下に出されていたトラブルが「?」と控室を
マネージャーに(あの……)と、検尿カップと説明書を渡した。
「あああ、はい。我々のですね。分かりました」
トラブルは、不自然なマネージャーにきた怪訝な顔を傾けた。
「あ、えー、一瞬映っていましたが大丈夫でした。ハハハ」
作り笑いをするマネージャー見て、セスとジョンは大笑いし、ゼノとノエルは顔を覆う。
トラブルはテオに、何なのですか?と、不愉快そうに手話をした。
「え、えーと、ほんの一瞬、その白衣が映っていて、で……えーと」
目でノエルに助けを求める。
「ファンの為に、白衣の男性医師が映り込んだ事にするんだって」
「我々は女性ファンが大半をしめますからね」
ゼノもフォローに加わった。
セスが
「お前が男に見えるから、男って事にするんだとよ」
トラブルはあんぐりと口を開け、そしてマネージャーを
「もー、セス! 本当の事、言っちゃダメじゃん!」
「本当の事って言ったー」
セスは顔を真っ赤にして笑いが止まらない。
「トラブル、待って」
テオは階段でトラブルを
「ごめん、トラブル。トラブルは、そこらの男よりカッコイイよ」
振り向いたトラブルは驚いた顔をしてテオを見る。
「……あれ? 僕、変なこと言いましたね」
はい。
「スタッフは僕達の為に、えーと、僕達の仕事は、何て言うか……えー……こういう説明はノエルの方が得意なんだけど……うーんと、ダメだぁ、出て来ない。とにかく! トラブルはカッコ良くて、頭も良くて、運動神経も良くて……僕、フォロー出来ています?」
出来ていません。
「ごめん。本当に言葉が不自由で……」
(不自由って)と、笑うトラブル。
「何で上手く伝えられないんだろう」
伝わっていますよ。怒ってはいません。ふざけて
「そうか、良かった……じゃなくて、僕が伝えたいのは、明日、
明日は約束があるので、ごめんなさい。
「あ……カン・ジフンさんですか?」
はい。ダメですか?
「いえ、ダメじゃないです。彼はいい人です。とても、いい人だと思います」
ありがとう。
「あ、あの、僕、自分のスケジュールが頭に入ってなくて……また、誘っていいですか?」
はい。ただ、今は健診の準備で忙しいのでYESと言えないかもしれません。
「うん、分かった。あの、僕のライン答えにくいかな?」
私はメールなどが苦手で業務連絡的ですみません。
「業務連絡! 業務連絡を1日1回しませんか? 寝る前に今日あった事とか」
毎日、出来るか分かりませんが努力します。
「いえ! 努力はしないで。ごめん、余計な事だよね……あの、引き止めて、ごめん。仕事中に、ごめんね」
謝ってばかりですね。
「うん、僕の事ばかりで、ごめん」
トラブルはクスッと笑い、手話をする。
私は忙しいのが好きです。何かに集中して頭と身体を動かしていないと自分が消えてなくなりそうで嫌でした。でも、そろそろ時間の使い方を見直したいと思っています。最近の音楽やテレビが分かりません。映画は何年も見ていません。旅行にも行きたいです。その為に、今、準備をしています。だから、2ヶ月後を楽しみにしていて下さい。見せたいのは、私の生活の基盤となる場所です。そこから、あなたと一緒に出勤する日を夢見ています。
「うん、分かった。待ってる」
いい子です。あと、私の友人を「いい人」と言ってくれてありがとう。
トラブルはテオにの頰にチュッとキスをして、階段を下りて行った。
テオは頰に手を当てたまま控え室に戻った。
「テオ、顔が赤いよ。大丈夫?」
ノエルが駆け寄る。
「トラブルに引っ叩かれたか?」
セスはいつもの皮肉めいた顔を向けた。
「え! そうなの⁈」と、ノエルがテオの手をはずし、頰を見るが何も異常はない。
「チューされた……」
テオは口をおさえる。
「ええ! 口に⁈ キスされたの⁈」
衝撃が走る一同に、テオは「ううん、頰に」と、訂正した。
「紛らわしいなー」
ノエルはテオの肩をパシッと叩いて離れる。
「なんで! チューはチューでしょ!」
「意味が違うじゃーん」
「何でそんな展開になったんですか?」
ゼノが割って入る。
「えーと、僕がカン・ジフンさんはいい人だって言ったら、褒めてくれてありがとうってチューされた」
「絶対、説明出来てないな」
セスが確信を持って言う。
「うん、テオ、意味わかんないよ」
ノエルは眉をひそめて幼馴染を見る。
「だから、僕がー……えーと……もう、いいです。トラブルと僕の秘密です」
「トラブルに聞いてみよー! 」
元気に手を挙げるジョンの頭を揉みながら、ゼノが諭す様に言う。
「ジョン、いいですか? テオが私達に話した事はトラブルに言ってはダメですよ。女性は好意のある男性にだけ見せる姿があるんです。それを他の人が知るのを嫌がりますからね。トラブルに余計な事を言わないように。分かりましたね?」
「はーい! で、どんな姿なの?」
ゼノは、ハァーと、ため息を
セスは半笑いで「お子様の性教育はゼノに任せた」と、背中を向けた。
ゼノは、さらに、大きなため息を
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