第329話 トラブルの笑い声


 テオは、楽しそうにソヨンと話すノエルに遠慮がちに声を掛けた。


「ノエル……」

「テオ、これ見て。ソヨンさんってばラインのスタンプぜんぜん持ってないんだよー」

「私は、あまり使わないから」

「可愛いの入れてあげるよ。オススメはねー……」

「あ、あの、無料のにして下さい」

「了解。あれ、僕達のスタンプって有料なんだ。ケチだねー、うちの代表は。これはどう?」

「あ、はい。可愛いです」

「よし、入手! いいじゃーん。テオ、どう?」

「う、うん、可愛いね。あの、ノエル……」

「ちょっと待ってー。ケーキ取るから。はい、じゃ、話しに行く?」

「うん、ごめんね……」


 2人は賑やかな部屋を出て、誰もいないメイク室に入った。


 ノエルは立ったまま、ケーキを口に入れる。


「何? テオ」

「あの、セスの事なんだけど……ノエルは詳しいし、ベテランだし、セスの事をよく分かっていると思うんだけど……僕はー……あの……僕が何を言いたいのか分かる?」

「ん、言いにくい事を言おうとしているのは分かるよ。セスを専門家に見せろって話しでしょ?」

「うん。だってノエルも言ってたじゃん、セスはハイブリットですごいって。ほら、タイプも違うって言ってたよね? だから……」

「いいんじゃん?」

「え! いいの⁈」

「ダメなんて思ってないよー。ただ、セスが今すぐ知りたがっているのに、教えないなんて苦しみを長引かせるだけじゃん。ツアーの真っ最中だしね。それにスイッチが『オフ』の感覚をすぐに習得したし」

「良かったー。必要ないって言われると思ったよ」


 ノエルは幼馴染に微笑みかける。


「ねぇ、テオ。セスの中はトラブルでいっぱいって言ったよね? あれは本当だよ。セスはトラブルと同調シンクロして、トラブルのすべてを知りたがっている。だから、ダテ・ジンさんに、付き合っているのかなんて感じさせちゃったんだよ」

「う、うん。セスはトラブルの昔を知りたがっているよね……」

「でね、トラブルはそれを嫌がっていないみたいだよ。『みたい』って言うのは、トラブルは感情を外に出してくれないから、分かりにくくてさ」

「うん、そうだね」

「その『そうだね』は、どっちに『そうだね』なの?」

「え?」

「トラブルが嫌がっていない事になのか、分かりにくいって事になのか」

「ど、どっちもだよ」

「そっか……テオはそれでもトラブルが好きなんだね。将来、セスの元に行ってしまうかもしれないけど」

「う、ハッキリ言われるとショック……でも、今は僕の事が好きって言ってくれるから、それを信じるよ」

「テオは強いねー」

「正直、不安は不安なんだよ。でも……」

「ねぇ、僕の所に戻って来ない?」

「え⁈」

「ずっと僕と一緒にいようよ」

「……ず、ずっと一緒にいるよ! ノエルとは、お爺さんになっても、ずーっと一緒だよ!」


 ノエルは微笑んだまま、視線を落とした。


 テオは不安に駆られる。


「何でそんな事言うの?」

「ううん。テオのそういうブレない所、大好きだよ」

「うん、僕もノエルが大好きだよ」

「ありがと」


 2人は微笑み合い、ハグをした。


「さ。テオ、皆んなの所に戻ろう」

「うん、戻ろう」






 テオとノエルが控え室に入ると、セスの上にジョンが馬乗りになり、フォークを振り下ろそうとしていた。


「今度、豚って言ったら本当に刺すからね!」

「酢豚・煮豚・豚汁」

「必殺! 覚悟ー!」

「豚って言ってないだろ!」


 セスは涙を流してジョンのフォークを避けながら笑う。


「豚って言ったじゃん!」

「料理名だろー! 豚バラ・豚足・豚ハラミ!」

「殺す!」

「部位だろ! 部位!」

「ブヒッ⁈ セス、死すー!! ん? 『セスシス』って面白くない?」


 床で足を投げ出して笑っていたトラブルは、腹を抱えて笑い出した。


「あー、苦しい。テオ、ノエルお帰りなさい」


 笑うゼノは涙を拭きながら手を挙げた。


「何なの。さっきと、この空気感の違い」


 ノエルは呆れながらテオと顔を見合わす。


 腹を抱えて笑うトラブルは、床に頭を付け、転がって笑い続ける。


「ハッハッ……ハッ……」


 トラブルの喉から渇いた声が断続的にこぼれ落ちた。


「今のトラブル⁈」


 テオは、笑い転げるトラブルに駆け寄る。


 トラブルは体を起こし、大口を開けて頬を上げ続けた。


「ハッ……ヒッ……ハッハッ……」

「トラブルの声だ! トラブルの笑い声だよ!」


 驚くテオに向かい、トラブルは真っ赤な顔で笑い続ける。


「ヒッヒッ……ハハッ……」

「すごい! すごいよトラブル! 声が! 声が聞こえるよ!」


 セスにまたがったまま、ジョンは動きを止めていた。


「おい、ジョン。あいつが笑い死にする前に退け」


 ジョンは素直にセスから降りて立ち上がる。


 テオは、いまだ笑顔のトラブルに抱き付いた。


「信じられない……信じられないよ。声が聞こえた。僕、トラブルの声を聞いたよ」


 トラブルは、肺が痛いですと、手話をした。


「声を出したから⁈ 大丈夫⁈」


いえ、笑い過ぎです。顔も痛いです。


「すごいよ。トラブル、喋れたね。ねぇ『テオ』って言ってみて」


 トラブルは、息を吸い込み、口を動かした。

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