第222話 まだなの。


「お待たせー!」


 テオは息を切らして控室に戻って来た。


「テオ、メイクを落としていないのですか?」

「うん、着替えただけ。宿舎でキチンと落とすからってソヨンさんと約束して解放してもらった」

「ソヨンさん達もノエルの事を心配していたでしょう」

「うん、トラブルから聞いたユミちゃんが、ソヨンさん達に説明していたよ」


 マネージャーの運転で、メンバー達は一旦、宿舎に帰った。


 マネージャーを追い返し、玄関を閉めた途端に、テオがトラブルの家について話し出す。


「トラブルの家は、何もありません。小鍋とまな板と包丁とー……割り箸。そのくらい」

「それでどうやってメシを作るつもりなんだ?」

「分かりません」

「持って行った方がいいものがあるか、ラインで聞いてみて下さいよ」

「うん」

「アイス買って行こー!」

「あ、ジョン、美味しいケーキ屋さんがあるんだよ。お土産に買って行こう」

「やったー!」

「酒も」


 セスがおもむろに言う。


「では、酒屋に寄って行きますか」

「やったー」

「セス、全っ然、可愛くありませんよ」

「僕のマネしないでー!」

「うるせっ」


 久しぶりのプライベートなイベントに皆は盛り上がる。


 そんなメンバー達を尻目に、テオの笑顔は曇って行った。いつも、どんな時でも平気そうに微笑む幼馴染が、痛みに顔を歪める姿が思い出される。


(ノエル、大丈夫かな……)






 テオからラインを受け取ったトラブルは、まだ医務室にいた。


 代表から連絡はない。


(とっくに診察は終わっているはず。レントゲンの結果が出て診断はついた時間なのに…… 手術が決まり家族の到着を待っているのか? まさか、他の病院に回されている?)


 医務室を歩き回りながら、テオのラインを読む。


 ジョンの元気が出たとあり、心から良かったと思う。


 テオと2人でいても、自分を責め合うだけでお互いの為にならない。包帯を外して練習させたゼノも、練習に付き合わせたジョンも自責の念に駆られているはずだと思った。


『人生を楽しめトラブル。どんなに辛くて理不尽な目にあっても、少しでも面白いと感じた方の勝ちだ。悔し涙を流しながら笑え、トラブル』


 パク・ユンホの言葉が浮かぶ。


(人生を楽しむ天才…… か。今なら、あなたの言葉が少し理解出来ます)


 トラブルはテオに返事を打つ。






「うわっ、もう返信が来たっ! 見て、見て!」

「いつも思うのですが、トラブルから返信が来ると、なぜ、大騒ぎするのです?」

「え、既読無視が基本だから」

「ええ⁈ 本当ですか?」

「うん、僕が一方的に話している感じ」


 テオは、それがどうした? と、ゼノを見る。


「……いえ、テオがいいのなら、いいのです。で? トラブルは何て?」

「うーんと、え! 調理道具と食器は買い揃えたって。テレビとソファーは、まだ無いって」

「テレビないの⁈」

「うん、見ないんだって」

「ソファーも無いのですか?」

「うん、何も無いって言ったじゃん」

「山小屋だな」

「お洒落な山小屋です」


 テオのスマホが再び鳴った。


「え!雑魚寝ざこねで良ければ、皆んな泊まっていいって」

「おー、それなら私も飲めますねー」

「やったー! お泊まりー!」

「テオがビミョ〜な顔してるぞ」


 セスは眉を上げて見る。


「いやいやいや、トラブルが皆んなを泊めたいって言うのだから、今日も僕とは、そういう事をしたくない…… と言うか、ノエルが入院したのに不謹慎だし、今日も…… いや、ノエルを励ます為に集まるのだからー……」


「今日も? も? お前達、まさか、まだなのか?」


 セスが言葉尻をとらえて聞き返す。


「そんなわけないですよね? 朝方、玄関の開く音がしていましたよ? 朝帰りをしていたのではないのですか?」

「それ、僕がランニングから帰って来た音だよ」

「えー! ジョンだったのですか⁈ テオ! まさか!」

「まさか、まさかって言わないでよー。いい雰囲気にはなるんだけど、その……トラブルがその気になるのを待っているんだよー」


 テオは情けない顔をして項垂うなだれる。


「……ジョン。今日は帰って来ましょうかね」

「えー! 嫌だー!」

「その気に、させられないんだろ」


 セスは確信をつく。


「う。でも、キスは上手いって言われました」

「なぜ、その時に押し倒さないのですか!」

「会社だったから、しょうがないでしょっ」

「なんで、会社でそんな話ししているのですか!」

「ゼノー、怒らないでよー!」

「怒っていません! 夜中に行って、朝帰って来ればいいのに!」

「だって、しっかり寝て下さいってライン来て、幸せ〜って寝ちゃって、で、朝なんだもん!」


 ゼノの口は、何か言おうとパクパクしたまま、声にならない。


「ゼノ、金魚になってるぞ」


 セスは呆れて話に入ろうともしない。


「僕、お泊まりしたいよ〜」


 ジョンは上目遣いでおねだりをした。


「うん、ジョン、泊まろう。今日は皆んなで楽しもうよ。パジャマパーティーだ!」

「やったー! パーティッ、パーティッ!」


 セスが何も言えないでいるゼノの肩に手を置く。


「不思議ちゃんカップルは、放っておくのが1番だ」

「はい…… そのようですね」


 テオとジョンは、ふざけ合いながらお泊りセットを作る。

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