第431話 すねくりノエル


「ん? なあに? ノエル」

「はぁー、テオの為とはいえ、睡眠時間3時間は辛いなぁ」

「僕の為?」

「ああー。今からテオも寝かさないで、明日、トラブルの家で爆睡させる様にしようかなぁ」

「え!」

「決めた。寝かせない」

「ええ⁈」


 ゼノがテオに助け舟を出す。


「ほら、着きましたよ。皆んな、忘れ物をしない様に。ノエル、洗濯はしてあげますから1番にシャワーを浴びて寝て下さい」

「はーい」


 ノエルは不貞腐ふてくされた態度でトランクを転がし、エレベーターに乗り込む。


 最後にテオが乗り込もうとした時、ノエルは《閉》ボタンを押してエレベーターのドアを閉めてしまった。


 危うく挟まれる所だったと驚いた顔のテオを1階に残し、エレベーターは無情にも最上階に向かう。


 エレベーターの中ではジョンが手を叩いて大笑いし、ゼノは呆れてノエルを見た。


「ノエル、何を意地悪をしているのですか?」

「別にー」

「まったく、子供みたいな事を」

「子供じゃないもーん」

「何なのですか」


 セスは「ジョン、何が見える?」と、顎でノエルを指して聞いた。


「えっとねー。マネージャーもトラブルもノエルの為に早起きをするのに、1日の休みが自分だけ半日になるって、テオのせいにして心がすさんで、ついでにお肌もガッサガサの……あたー! 痛たー! お兄様ごめんなさーい!」


 ノエルはジョンの頬を思いっきりつねっていた。


「こら! ノエル! 離しなさい!」


 ゼノがノエルの指をジョンから離そうとするが、ノエルの力は緩まない。


「いだー! ごめんなさーい! 優しいお兄様、素敵なお兄様、ノエルお兄様、いだ〜い!」


 エレベーターの扉が開き、ノエルはジョンの頬をつかんだまま、トランクを放置して降りる。


 ジョンは頬をノエルに預けたまま、ノエルのトランクも押して出た。


「いだいよ〜、離してよ〜」


 ジョンの声が泣きべそをかき始めると、セスがボソッとつぶやいた。


「片想いは辛いな」


 ノエルはジョンから手を離し、セスをにらみ付ける。


「セス、どういう意味⁈」

「別にー」


 セスは、エレベーター内のノエルの真似をして玄関に入る。


 ノエルはトランクを置いて、セスの後について行ってしまった。


「ちょっと! ノエル、洗濯物を出して下さいよ! 重っ!」


 ゼノが、自分とノエルのトランクを運びながら叫ぶが、ノエルは「全部!」と、言い捨てて、自分の部屋の扉をバタンッと大きな音を立てて閉めてしまった。


「全部って……もー、セス、余計な事を言ったのですね?」

「別にー」


 セスも自室に入って行った。


 ジョンは赤くなった頬をさする。


「大丈夫ですか? ジョン」

「大丈夫じゃないー。ちぎれるかと思ったよー」

「冷やしましょうかね」

「うん、痛いよー」

「まったく、ジョンも余計な事を言いましたよ」

「はーい、ごめんなさーい」


 リビングでジョンが頬を冷やし、ゼノがノエルのトランクを開けていると、テオが入って来た。


「あれ、ジョン。どうしたの?」

「余計な事を言って、ノエルにつねられたのですよ」

「え! 余計な事って?」

「えー、まあ、いろいろです」

「ジョン、大丈夫?」

「大丈夫じゃないー」

「うわ、赤いよ。もしかして僕と関係がある?」

「あるよー」

「テオ、ノエルと話をして来て下さい。睡眠時間だけの問題ではない様です」

「うん……分かった」


 テオはノエルの部屋をノックした。返事を待たずにドアを開ける。


「ノエル? ノエル、どうしたのさ」

 

 ノエルは部屋の電気も点けず、ベッドで横になり背中を向けていた。


 テオはベッドに座り、ノエルの背中をさする。


「ノエル? 具合が悪いの? ノエル?」


 ノエルはため息をいて、テオを見上げた。


「テオが悪いんだよー」

「え、何が⁈」

「トラブルとの事。緊張したりニヤついたり不安がったりって、感情の起伏きふくが激しくって……僕もつられちゃって、疲れちゃうよ」

「あ、ごめん……そんなつもりは……でも、うん、その通りの気持ちだよ。不安が1番だけど」

「何で、明日……いや、もう今日か。何で今日するって決めちゃうんだよー。自然な流れで、するかもしれないし、しないかもしれないって出来ないの?」

「あ、あの、それは……」

「なんかさー、絶対にするって決められてると気分が悪いんだけど」

「え、それは、どういう……」

「して来ちゃったら、諦める……というか、しょうがないって思えるけど、今からって思うと阻止したくなるんだよねー」

「ノエル? 僕とトラブルの事、反対なの?」

「反対はしてないよー。でも……」

「でも?」

「ううん……テオが大人になるのが嫌なだけ」

「僕は大人だよ?……したら、大人になるの?」

「変わらないで欲しいって言おうと思ったけど……きっと、テオは変わらないね」

「うん、少なくともノエルとは変わらないよ」

「そうだよね……ごめん、子供じみてた」


 テオはノエルの頬を撫でる。


「ジョンのほっぺが真っ赤になっていたよー」

「あー、明日の朝、謝っておくよ」

「うん。……僕の知ってるノエルに戻った」

「えー、何それ?」

「強くてー、僕をよく知っているの」

「あはっ! 確かに、テオの事はよく知っているよー」

「誰よりも、ね」

「うん、知ってる」


(テオは、僕の事を何一つ知らないけどね……)


「ねぇ、ノエル。子守唄、歌ってあげる」

「えー? すでに眠いから大丈夫だよー」

「遠慮しないで」

「してないけどー」


 テオはノエルの布団に潜り込む。


「テオー、メイクも落としてないじゃん。シーツが汚れるじゃーん」

「いいの、いいの。ほら、こっちに来て」


 テオはノエルの背中でリズムを取りながら、ゆっくりと歌い出す。


 ノエルは目をつぶった。


(テオ……美しくて、優しくて、差し出された手を焼き尽くす残酷な太陽の子。僕はいつになったら、この太陽から逃れられるんだろう……)


 2人は、そのまま夢の中に落ちて行った。






 メンバー達がラスベガスから仁川いんちょん空港に到着した映像を、トラブルは夕飯を食べながら見ていた。


(テオ、帰って来た。元気そうだ……)

 

 連絡をしたいと思ったが、確か今からラジオ出演だったと、思いとどまった。


 仕事帰りに明日の昼食の買い物をし、部屋の掃除を念入りに終わらせた。


 テオのお土産の日本産ワインを冷蔵庫に入れ、新しく買ったワイングラスを洗う。


 部屋を見回して、あと何か足りないモノはないか考える。


(トイレットペーパーの補充もしたし……あ、ティッシュ……ベッドに置いておいたら、いやらしいかなぁ。でも……何を期待しているんだ、私は!)


 トラブルは赤くなる頬を両手で押さえながら、それでも、テオを思わずにはいられなかった。


(テオ、ここでは嫌かな……きっと、私さえいれば良いと言ってくれるだろうけど、男子って初めての場所とか、こだわるモノなのだろうか? あー! くだらない事を! 自然に! 自然に振る舞おう!……押し倒さない様に、気を付けなくちゃ……あくまでも、テオにリードさせて……だけど、早く会いたい! 顔を見たら食べちゃうかもー! あー! おっさんの発想! ヤダー!)


 食器を音を立てて洗い、シャワーを浴びる。


 早々にベッドに入り、読みかけの本を手に、眠りに付いた。

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