第430話 二日酔いと睡眠不足


 翌朝、早朝。 


 セスはユミちゃんの隣で目が覚めた。


 昨夜の状況を思い出すのに時間は掛かったものの、衣服に乱れはなく、やましい事は何一つないと、いつものポーカーフェイスでベッドを降りる。


「う〜ん、トラブル〜……」


 ユミちゃんは寝返りを打ちながら、まだ、トラブルの夢を見ている様だった。


 セスは「フッ」と、鼻で笑いながら、音を立てない様に部屋を出る。


 廊下を進みながら、ノエルの部屋の前を通る時、意味はないと知りつつも、なるべくドアから離れて歩いた。


 体からステーキ肉の油とワインのアルコール臭がする。


 セスはシャワーを浴びる。それらの臭いを落とすとユミちゃんの柔らかい香りが鼻に蘇った。


(ふん。ただの柔軟剤だろ……)


 バスローブ姿のままパソコンの電源を入れ、作曲作業を再開する。


『最後の思い出』というキーワードはあるが、今ひとつ何かが足りないと感じていた。


 セスはユミちゃんの言葉を詩に織り込み、音をつけていった。


(『あなたが世界の中心』『誰にも合わせなくていい』『もっと、怒れ』……あいつが欲しい言葉は、俺と同じなのか……)


 セスは、トラブルがユミちゃんと一緒にいる理由に触れた気がした。


 マネージャーが電話をしてメンバー達を起こし始める。


 ジョンにだけは直接部屋に行き、電話を鳴らしながらドアをノックした。


 ジョンは寝ぼけた声で応答し、それでも飛行機の時間があるからと頑張って身支度をする。


 ジョンはエレベーター前の集合時間にギリギリで現れ、そしてノエルに顔を笑われた。


「ジョン! むっくむくだよ!」

「うー、ワインは浮腫むくむのだー」

「それにしても、ひどいですよ」

「えー、ゼノー、そんなに?」

「マスクをしておかないと、マズイですね」

「ファンの夢を壊すよー」

「ノエル、ひど〜い。部屋に帰って寝たんだから褒めてよー」

「記憶がないの⁈」

「は?」

「もー」


 マネージャーにうながされ、空港に向かう移動車に乗り込む。


 ジョンは帽子を深く被りマスクをして、見送るファンに手を振った。


 出国審査を終わらせ、ファーストクラスラウンジで、ひと息つく。


 ちゃっかり、ファーストクラスの席を確保してもらっていたユミちゃんと合流した。


 ユミちゃんがマスクを外すと、ノエルはジョンの顔を見た時と同じ反応をした。


「ユミちゃん! むっくむくだよ!」

「うるさいわね。分かっているわよ」

「ジョンとお揃いじゃーん」

「うるさいっ!……あー、頭がー……」


 ゼノはユミちゃんに水を差し出す。


「セスのペースに乗せられるからですよ」

「分かってんならめなさいよ! いたたー……」


 ユミちゃんは水を飲み干し「おかわり」と、グラスをゼノに返す。


「はい、はい」


 韓国を代表するアイドルグループのリーダー・ゼノは素直に席を立つ。


「ユミちゃーん、記憶はある?」


 ノエルがニヤニヤと笑いながら聞いた。


「えー? それが、トラブルの記憶しかないのよ」

「どういう事?」

「トラブルにお姫様抱っこされて、お花畑を散歩したの」

「それ、死ぬ前に見るヤツじゃん?」

「殺すわよ! あー……頭が割れそうよー。早く、水ー」

「はい、はい、はい」


 ゼノは水の入ったグラスを2つ、ユミちゃんとジョンの前に置いた。


 ユミちゃんは、まず、ジョンの前のグラスを飲み干し、次に自分のグラスを空けた。


「ああっ、僕の〜……ゼノ〜、僕の〜」

「はい、はい」


 ゼノは再び、席を立つ。


 ノエルは、ノートパソコンに見入るセスに聞こえる様に、ユミちゃんに夢の話を聞いた。


「んー……トラブルと幸せだったって事しか覚えてないわ。私、どうやって部屋に帰ったのかしら?」

「よーく、思い出してみてよ」

「えー、トラブルに……そんなはずはないわよね? いないんだから。でも、ハッキリとトラブルの背中の感触が……」


 ユミちゃんは腕を広げ、何かを抱える動作をする。すると、パソコンに向かうセスの背に視線が止まった。


 ユミちゃんは腕を動かしながら、セスの背中をジッと見る。


(……いや、まさか。……あれじゃない)


「分からないわ、ノエル。思い出せないわよ」

「そっか、残念だなぁ」


 ノエルは大声で言いながらセスを振り返る。


 セスは作業に没頭するフリをしていた。


(“あれ” とは、失礼な奴だ……)


 ノートパソコンを閉じ、ため息をきながら目頭を押える。


 飛行機はメンバー達を乗せ、無事に仁川いんちょん空港に到着した。


 ジョンの顔面の浮腫むくみは引き、マスクを外して出迎えたファン達に応えた。


 フライトの疲れを引きずったまま、ラジオ局に向かう。


 30分の生ラジオをこなし、会社に戻りメイクをして雑誌の取材と写真撮影を受ける。


 移動してトーク番組の収録。衣装を変え、自分達の番組の撮影を終わらせた頃には、とっくに日付は変わっていた。


 マネージャーの運転する車の中で、メンバー達は誰一人、口を利く事が出来なかった。


 皆がぐったりとする中、ノエルが口を開く。出て来た言葉はグチだった。


「こんな、スケジュールしか組めなかったの?」


 マネージャーは、明日を休みにする為に仕方がなかったと謝罪し、そして、明日は8時にノエルを迎えに来ると言った。


「8時⁈ 病院やってないじゃん!」

「一般外来が始まる前に診察をしてくれるそうです」

「早過ぎるよー。えー、今から荷物をほどいて、洗濯して、お風呂に入ってー。で、7時起きなんて寝られないじゃーん!」

「病院から帰ってから寝て下さい」

「休暇が寝て終わっちゃうよー」

「私も早過ぎるとは思ったのですが、トラブルが用事があるらしく、手配してくれました」

「トラブルの用事って……」


 ノエルは幼馴染を、ジロリとにらんだ。

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