第256話 オープニング変更


「ノエルが踊れないので新曲はオープニングに適さないそうです。登場はバラード曲にして奈落ならくから椅子に座ったまま、せり上がって出る案が有力ですね」


「そんなー! じゃ、曲順も変わるの⁈ もう、覚えられないよー」


 ジョンが泣き言を言う。


「皆んな、ごめん。僕の為に」

「ノエルのせいでは、ありませんよ。演出陣に対応が遅すぎると苦言くげんていしておきました。が、やるしかありません」


「行くか」


 セスが立ち上がる。テオとジョンが、それに従った。


 トラブルはテオを捕まえる。


ノエルは、今朝、痛み止めを飲んでいないのでは?


「朝?えーと、うん、飲んでないかも。ノエル、朝、痛み止め飲んだ?」

「ううん、飲んでない。そろそろ、飲みたいんだけど見当たらなくて。忘れて来ちゃったかな」


持っています。これを飲んで下さい。


「ノエル、トラブルが持っていたよ。これを飲んでって」

「あー、助かったよ。ありがとう」

「トラブル、よく分かったね」


 トラブルはテオに、ノエルの腕を見せながら説明をした。


腕をさすったり、肩を回し始めたら痛み出した合図です。ノエルが少しでも、右手を気にしている様子があれば、すぐに痛み止めを飲ませて下さい。彼は痛いとは自分から言い出さない。


「うん、分かった。僕も予備を持ち歩いていた方がいいね。後で、医務室にもらいに行くよ」

「よろしく、お願いしまーす」


 ノエルは幼馴染の肩を抱く。


「ノエル、痛くなったら言うんだよ」

「はーい。僕から目を離さないでねー、テオちゃん」

「なんなのそれー」


 トラブルはア・ユミとダテ・ジンに挨拶をし、医務室に戻って行った。


 メンバー5人と日本人2人は、スタジオに向かう。






 ガランとしたスタジオ内の長机で、舞台監督と演出家、振付師が頭を揃えて悩んでいた。


 その後ろで、照明と音響スタッフが腕を組んで待機している。


「あー、ゼノ、知恵を貸して下さい。曲順が決まらなくて……」

「1番、体力がなくなる終盤に新曲を持って来るのは、やめた方がいい」

「いや、最高頂に達するのは、この曲順で……」


 ゼノは、演出家達の話にうなずきながら、舞台監督の持つ台本を受け取り、赤で訂正された箇所をチェックする。


「少し、時間を下さい」


 そう言って、頭の中でメンバー達の動きをシミュレーションする。


 ア・ユミは、数々のヒットを生み出して来た、それなりに知名度のある大人達が、じっと、ゼノの決断を待っている状況に驚いた。


(プロデュースもするんだ……この、メンバー達は事前調査と随分ずいぶんイメージが違うわ……)


 ゼノは台本から顔を上げ、大人達に解決策を提案した。


「新曲は、最後にしましょう」

「それでは、体力が限界を超えませんか?」

「その前に5分程のトークタイムを作って、呼吸を整える時間をもらえれば、やれます」

「……ゼノが、そう言うのなら」


 監督は台本を書き換える。


「次に問題なのは、ここですね」

「はい、下手しもてに、はけた後なので、上手かみてから出られません」

「衣装チェンジは、ジャケット交換だけですよね? テオとセスを上手かみてに行かせます。ジャケットを持たせて下さい。舞台上で私とジョンが受け取ります」


 演出家は少し考える。


「全員で上手かみてに、はければ良いのでは?」

「ジョンが、いっぱいいっぱいなので、動きを変えないで下さい。1人で下手しもてに行くと間違えた様に見えるので、私も下手しもてにはけます」

「ジョンが、テオとセスに付いて行ってしまったら?」

「その時は、私も上手かみてに行きます」


 なるほど、ジョンが間違えても間違えなくても、そして、観客には始めから舞台上でジャケットを渡す演出に見えると、監督は納得をした。


「そういう事です」


 ゼノはうなずく。


「曲順が変更になっても、照明と音響に影響は、ありませんか?」

「はい、問題ありません」

「では、始めから確認しましょう」


 ゼノは全員の動きを再確認し、変更事項を明確にして伝えた。


「あとは、大丈夫ですかね。よろしくお願い致します」

「助かったよ、ゼノ」


 ゼノは舞台監督に頭を下げて、メンバーの元に行き、ダテ・ジンと遊んでいるジョン達を呼ぶ。


「曲順は、この様に変更されました。ジョン、順番は変わっても、やる事は変わりません。音が鳴れば、練習通りに動けますね?」

「うん、体で覚えている事は大丈夫」

「よし。テオとセスに協力してもらいたい部分があるのですが……」


 ゼノは2人に、舞台上でジャケットを渡す演出を頼む。


「ゼノがジョンに合わすタイミングが少しでも遅れたら、ゼノが間違えた様に見えるぞ」

「そうですね。ま、それは私のミスですから」

「ったく……」

「セス、曲順が変わっただけで、衣装さんは大変なんです。我々が出来る事は、何でもやりましょう」


 ダンスには参加しないノエルも舞台には立つ。


「ノエル、ノエルも頭に入れておいて下さいよ。我々が、おかしな動きをし出したらリードして下さい。トラブルにどの程度なら動いて良いのか確認をしておく事。舞台上ではノエルは許可された動きをしていると見なしますからね」

「了解」


 リーダーは次にテオに頼む。


「テオ、観客はどうしてもノエルに注目するはずです。ノエルのフォローをお願いしますよ」

「分かった」


 赤字で直され、真っ赤に染まった台本に目を通したノエルが遠慮がちにゼノを呼んだ。


「あー、あの、ゼノ? 新曲が最後だけど……皆んな、疲れがピークだし……これは厳しいんじゃん?」


 踊らないノエルは伏し目がちに聞いた。

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