第502話 ユミちゃんとノエルのツーショット


(私は来てはいけなかった?)


 トラブルは、自分を見て戸惑うテオから顔を背けた。


「おい、作り方を教えろ」


 セスは荷物を部屋に置き、立ちつくすテオを押し退けてキッチンで手を洗う。


 テオは我に返り「荷物を置いて来るね」と、部屋に入って行った。


 トラブルはその背中を見送る。


 その時、寸胴鍋ずんどうなべのスープが沸騰して大きな音を出した。セスが慌てて火を止める。そして、普段はしないフォローを入れた。


「テオのミスをノエルがフォローしに会社に行っているんだ。それで、テオが落ち込んでいるだけで、お前が悪いんじゃない。ラーメンをジョンに食わせたら話し合え。ネギをきざめばいいか?」


 トラブルは返事をしない。


 セスは小さくため息をいて、手を動かし始めた。


 気持ちが沈んだままのトラブルの動きは、ゆっくりで、セスが仕切りながら茹であがった麺の湯切りをしてラーメンを完成させた。


「ジョンー! ゼノー! 出来たぞ! 食いに来い!」


 セスが叫びながらテーブルに運び、箸を並べる。


「ラーメンにはビールですかねー」


 ゼノは冷蔵庫から缶ビールを取り出し、セスが止める前にグビッと飲んだ。


「ゼノ。これからレコーディングだぞ」

「1本なら、なんら問題はありません。ジョンはダメですよ」

「ちぇー、ずるいなぁ。いただきまーす」


 2人が食べ始めたのを見届け、セスはお盆に2人前のラーメンを並べる。


「ほら、これをテオに届けて来い」


 トラブルは黙って受け取るが、テオの部屋のドアを見たまま動く事が出来なかった。


 セスは背中を押す。


「あいつも腹は減っている。まずは、餌付けでご機嫌をとって来い」


(餌付け⁈)


 トラブルはセスに呆れた顔を見せて、テオの部屋に向かう。


 ノックをしてから、返事のないドアをそっと開けた。


 テオは床で膝を抱えていた。


 顔を上げてトラブルを見るが動こうとしない。


 トラブルはラーメンをこぼさない様に、そっと体を回しながら部屋に入る。


 閉まったドアが背中に当たり、バランスを崩しそうになる。


「危ない! お盆を持つよ。貸して」


 テオは立ち上がりトラブルを助けてラーメンを受け取り、床に置いた。

 

「美味しそうだね」


 テオは自然な笑顔を見せる。トラブルは、ホッとしてテオに箸を渡した。


「いただきます」


 テオが食べ始めるのを待ち、トラブルも箸を持つ。しばらく2人は無言で食べ続けた。


「ご馳走様でした。美味しかった……ありがとう」


 テオは笑顔を見せるが、その笑顔はどこか他人行儀だった。


 トラブルはペコッと頭を下げて、お盆を持つ。


 立ち上がろうと膝を立てた時、ふと、テオのスマホが光っているのを見つけた。トラブルは顎でそれを知らせる。


「ん? あ! ノエルからだ! 気付かないところだったよー。危ない、危ない」

 

 ノエルから画像が1枚と、それに添えるコメントが送られて来ていた。


 そこには、赤ら顔で満面な笑みを浮かべるユミちゃんと肩を組むノエルのツーショットがある。2人ともワイングラスを掲げていた。


「うわ、こんな写真いつ撮ったんだろう? コメントはー……このままでいいのかなぁ。なになに? セスに見せて指示をあおげ? ……分かった」


 テオは腰を上げてリビングに向かう。セスはキッチンで3人分の丼を洗っていた。


「セス、これノエルから。セスに指示を仰げって」

「見せてみろ」


 セスは手を拭いてテオからスマホを受け取る。ゼノとジョンものぞきに来て、狭いキッチンは男4人でいっぱいになった。


「だぁー! お前ら退けよ! 邪魔だ」


 セスは広いリビングに逃げる。3人は当然の様に付いて行った。


 テオの部屋からお盆を持って出て来たトラブルは、何事かと4人を見る。


「おい。その丼、洗っておいてくれ」


 セスに言われ、トラブルはキッチンに立つ。


 トラブルを目で追うテオは、視線をセスに戻した。


「セス? どうすればイイの?」

「よく出来た写真だな。よし、まずはファンサイトからだ。テオの質問コーナーを開いて……あった。テオ、ここにお前とノエルの関係の質問があるだろう? これに返事をするんだ。内容はノエルのコメント通りに」

「分かった。この写真も載せてイイんだよね。えーと……『だって、ひどくない⁈ 2人で飲もうと思ってたのに2人で飲んじゃうなんて! しかも、こんな写真送り付けてさー! 僕のなのにー!』……ねぇ、セス。2人2人って変な文章だよね?」

「いや。お前らしい」

「え、そうかな……『僕のなのに』は何が僕のなの? 分からないじゃん」

「いいや、それでいい。ファンがそこを臆測して盛り上がる」

「そうなのかなぁ……」

「お前の意味不明なコメントを解析・判読する専門のファンがいるのを知らないのか?」

「え! そうなの⁈ 知らなかった……それってイイ事?」

「知らん」

「う……」

「早く、送れ」

「うん……よし、完了」 

「よし。しばらく反応を見るぞ」

「この写真、いつのですかねー」


 ゼノがテオのスマホを奪い、まじまじとユミちゃんとノエルのツーショットを見る。


「2人で飲んでたなんて知らなかったー。いいなぁ」


 ジョンは口を尖らせる。


「バカかっ! 今、撮ったに決まっているだろ⁈ ノエルが何の為に会社に行ったと思ってんだよ」

「ノエルは会社に行っていたの? そこで、ユミちゃんと飲んだの?」

「バカ! 本当に飲むわけがないだろ。その辺で買って来たワインとユミちゃんのメイク、で、ソン・シムに適当な背景を用意してもらって、男性スタッフの足が写り込む様に……」

「あ! 本当ですよ! 後ろに男の人が1人……いや、3人いますよ!」

「ユミちゃんと2人きりは、ノエルもマズいからな。スタッフもいた演出だ」

「なるほどー」


 セスは、感心しながらスマホを覗き込む3人を蹴散らし「俺は寝る。お前はあいつと話し合って、ハッキリさせろ」と、テオに顎でトラブルを指し、部屋に戻って行った。


 途端にテオの顔が暗くなる。

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