第84話 空白の10ヶ月


『私はセスといると、とても気が休まります。彼は私の過去を知っているだけではなく、私の過去と似た経験をしているからです。同じ戦場にいた同志と言えば分かりやすいでしょうか』


「同志? 戦場の同志……」

 

 トラブルはノエルにうなずいて、パソコンを打ち続ける。


『何でも分かり合えると思っています。しかし、彼にはウソはつけません。自分を守る為や、格好をつける為の些細なウソも見抜かれてしまいます。彼は見抜いても責めはしませんが、自分を大きく見せたり可愛く見せたい時もあります。でも、彼の前では無意味です。ただ本当の自分をさらすしかありません』


 少し考えてパソコンに向かう。


『カン・ジフンといると私は違う自分になれます。彼は私の過去を知りません。言葉の話せない障害者の女の子として接してくれます。彼の前では私は可愛い女の子になった錯覚さっかくを覚えます。土手を登るとき、私には必要はないのに手を差し伸べてくれます。まるで、普通の女の子のような扱いが心地よいのです』

「それは……そうだね」

『テオは、2人の中間です。私の過去を知っていて、守ろうとしてくれます。遠くから心配そうに見ているかと思うと突然、漢気おとこぎを発揮してきます。とても、単純で複雑でテオといると飽きません』

「うん、それは分かる気がする」

『私は、ありのままでいたいのに自分らしさに嫌気がさし、他の誰かを装いたくなります。でも、それも長続きはせず自分に戻りたくなります。それを何度も繰り返しています。私は不安定です。不安定で不完全で、私はふかんぜん……』


 トラブルの手が止まる。


「トラブル?」


 ノエルはパソコンからトラブルの顔へ視線を移した。


 トラブルは目をつぶって下を向いてしまっていた。


「トラブル?」


 ノエルがもう一度声を掛けるとトラブルは立ち上がり、走って階段を降りて行った。


「ど、どうしよう」


 ノエルは慌ててメイク室へ駆け込む。


「セス! 僕、大変な事しちゃった!」


「?」と、メンバー達は見る。


「僕、トラブルに気持ちを聞いちゃいけないって知ってたのに!」

「何を聞いたんだ?」

「セスとテオとカン・ジフンさんの誰が好きなのかって……」

「は⁈ 」

「そしたらトラブル、目をつぶって走って行っちゃったんだ!」

「バカっ!」


 セスは怒気を込めて立ち上がる。


「こっちに来て!」


 ノエルはエレベーターホールに残されたパソコンをセスに見せた。


 全員がのぞき込む。


『私はふかんぜん』


「バカが。あいつは階段を昇った? 降りた?」

「降りたと思う」

「テオ、バイクがあるか見て来い。もしバイクがあったら屋上へ行くんだ。トラブルがいたら話しを聞け。バイクがなかったら連絡をくれ」

「セスは?」

「俺は川を見てくる」

「何で屋上と川なの?」

「あいつが、行き慣れている場所だ」

「医務室かも」

「慣れていて死ねる場所だ!」


 セスは走り出す。


 ノエルは、自分がバイクを見て来るから屋上へ行くようテオに言う。


「うん、分かった」


 テオも走り出す。


 ノエルとゼノとジョンは駐車場へ向かった。


 バイクはそこに停まっていた。ノエルはテオとセスに連絡をして伝える。


 セスは川沿いの土手を見渡した。


 すでに日は暮れて辺りは真っ暗になっていた。ノエルの連絡で、まだ近くにいると目をこららして暗闇を探る。


 すると白い服が見えた。膝を抱え座っている。


 セスはメンバーのグループラインで知らせる。


『見つけた。話しをするから先に帰っていてくれ』


 セスは無言で近づき、うずくまるトラブルに上着をかけて隣に座った。


 川面に揺れる夜景を見ながら、しかし、トラブルの手話を横目で感じながら声を掛けた。


「ノエルが、めちゃくちゃ心配してたぞ」


ごめんなさい。


「謝らなくてもいいけどな。あいつも悪い」


自分の言葉にショックで。


「ハッ。相変わらず面倒くせーのな」


……よく、ここが分かりましたね。


「まあな」


 セスは、それ以上何も言わなかった。前を向いたまま、ただ座っている。トラブルはその整った顔に向けて手を動かした。


……話しを聞きに来たのでは?


「話したくないなら聞かない」


……何を聞きたいですか?


「お前の変化の理由」


どういう意味?


「この10ヶ月どこで何をしていた? どうして笑えるようになった?」


 トラブルは予想していなかった質問に言葉が出なかった。しかし、意を決して語り出す。もちろん手話で。




この10ヶ月……あの写真撮影のあと、パク・ユンホは次の日に退院しました。で、次にやりたい事はバリ島に行く事だと、私も連れて行かれました。


 トラブルはゆっくりと話し出した。

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