第83話 ノエル+三角関係


 エレベーターホールの前で、先程の営業マンの隣に若い男が立っていた。


 トラブルは営業マンに紹介されて挨拶をする。


 上司という、その男はトラブルの顔をじっと見ていたが、営業マンに肘で突かれて我に帰り、営業トークを始めた。


 上司は見積書の合計額を赤字で書き換え、かなり減額してみせた。


 トラブルと握手を交わし発注の手続きを進める。


 その間もその上司はトラブルの顔をじっと見つめたまま目を離さない。


 トラブルは、だんだん不愉快に感じて来た。


 最後、眉間にシワを寄せながら本名でサインをする。


《ミン・ジウ》


「ミン・ジウ? ミン・ジウ! そうだ! ミン・ジウだ!」


 上司の男は両手を上げて頭をかく。


「俺だよ! ハン・トユンだよ。大学で3年後輩のミン・ジウだよ」


 興奮したハン・トユンは自分の自己紹介と部下への説明を同時にした。


「あ、大学時代のお知り合いでしたか」

「そうだよ、顔を見てすぐに分かったけど、名前が出て来なくて。ミン・ジウだ」


 トラブルはこの男を全く覚えていなかった。


「あの頃は、姫とか、あの方って呼ばれてたもんな?」


 敬語がタメ口に変わった。


「そうですか。お綺麗な方ですものね」


 営業マンはあくまでも営業トークを崩さなかったが、上司は伝説の後輩に出会えたと興奮を隠さない。


「ファンクラブの中に親衛隊がいてプレゼントとか全部チェックされるんだぞ」

「それは、すごいですね」


 トラブルは昔話に付き合うつもりはなかった。立ち去ろうとするが、ハン・トユンはトラブルの腕をつかんだ。


「待てって。何で喋れなくなったんだ? 芸能事務所にいるって事は芸能活動してるのか? 長い髪切ったんだな、似合ってるよ。すごい再会だよな? 運命感じないか? 積もる話しをしようぜ。今晩、メシに行こう。何時に終わる?」


(困ったな……)


 今後も仕事の関係を続けて行かなくてはならない相手だ。


(でも、愛想笑いなんか無理……)


 トラブルは、あからさまに嫌な顔をしてハン・トユンの手を振りほどいた。


「なんだよ、お前。メシに誘っているだけだろ?」


 ハン・トユンが迫ってくる。トラブルは後退あとずさりをするしかなかった。


(どうしよう……)


 すると、ハン・トユンの向こう側にメイクを終えて衣装を身につけたメンバー達が現れた。


 トラブルは咄嗟とっさに、ハン・トユンの脇をすり抜ける。


「おい!ミン・ジウ!」


 ハン・トユンがトラブルを捕まえようと振り向くと、トラブルはセスにガバッと抱き付いた。


「なんだ⁈ 」


 抱き付かれたセスは驚きながらも、トラブルの様子と、さっきはいなかった営業マンを見て、瞬時に状況を把握した。


 トラブルの背中に手を回し「誰だ、お前」と、ハン・トユンにすごんで見せる。


 フルメイクに舞台衣装を身に付けたセスは、迫力のある美しさだった。


 トラブルはセスの肩に手を回したまま、ニヤリと振り返る。


 ハン・トユンは蛇ににらまれたカエル状態になった。


「いえ、あの、私は営業の者でしてー……」と、言葉を濁しながら慌てて逃げて行った。


 その背中を見ながら、トラブルはセスの肩に手を回したまま、大口で笑う。


「お前なー、男を追い払うのに俺を使うな!」


 セスはトラブルの腕を振りほどく。


 さらに腰を曲げて笑うトラブル。


「ったく」と、セスは笑うトラブルを残してスタジオへ歩き出す。メンバー達は慌てて後を追って行った。




「今のって、えっと」


 テオが頭の中を整理しようとする。


「営業マンに言い寄られて、追い払う為に一芝居打ったんだろ」


 セスは、ケッと、汚いモノを吐き出す様に言う。


「何でテオに抱き付かなかったの?」


 ノエルは幼馴染みを代弁して聞いた。


「テオの可愛い顔では逃げないでしょうねー。やっぱり、ここはセスのにらみが有効と判断したのでしょう」


 ゼノの分析にセスは「にらんでない」と、そっぽを向く。


 ノエルは混乱した。


(テオの事好きって言いながら、セスに抱き付いたり……今回が初めてじゃない。宿舎でもテオの前でセスに抱き付いていた)


 屋上で見た光景を思い出す。


(そして、カン・ジフン。テオの肩で寝た後に、あんなラブラブなデートして……テオが一挙一動いっきょいちどうに振り回されていると知っているのだろうか? 分かってやっているとしたら?パク先生の言う通り悪い女なのだろうか……)

(第1章第65話参照)





 ミュージックビデオの撮影が開始された。


 何度も微調整を入れながら撮影して行く。時々、医務室の工事音に邪魔されながらも順調に進み、夕方にはすべて終了した。


 メイク室でメイクを落としていると、ノエルが「スマホ、忘れて来た」と、スマジオに取りに戻った。


 エレベーターホールでパソコンに向かうトラブルを見かける。


 しかし、ノエルは声を掛けずにスマホを取りに行き、メイク室へ戻……らないで、トラブルに声を掛けた。


「あのさ、こんな事、僕が聞くのはおかしいと思うし、聞くべきじゃないとも思うんだけど、あの……」


 珍しく歯切れの悪いノエルにトラブルは椅子を勧めた。


 パソコンに『何でも聞いて下さい』と、打つ。


「うん。あの、トラブルはテオの事好きみたいって僕に言ったよね?」

『はい』

「でもさ、さっきセスに抱き付いたよね?」

『あれは、』

「まって、分かってるんだよ。セスが説明してくれたから。でもね、セスとトラブルを見ていると、すごく信頼し合っていて、まるで愛し合っているみたいに見えるんだよ」


 トラブルは目を見開いて驚いた顔をする。


「でも、セスはテオとトラブルの恋愛を応援していて、僕はセスがテオの為に気持ちを抑えているように見えるんだ。あとね……カン・ジフンさん。僕達、2人が土手でピクニックしてるの見ちゃったんだよ。もちろん友人と言われれば、それ以上は何も言う気はないんだけれど……でも、テオを近くで見ていると、すごく可哀想になる時もあって、辛そうにしている時もあって、で……」


 で?と、トラブルは話をうながす。


「トラブルは3人の事、どう思っているの? 誰が好きなの? テオの事、1番じゃないの?」


 トラブルはノエルの顔から視線を外し、しばらく考えたあとパソコンに向かう。


『私はー……

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