第121話 テオとベッド


 テオのカラフルな色の洪水の部屋でトラブルは目を細める。


まぶしい?」


 テオはトラブルの顔を覗き込む。トラブルは顔を上げた。


背が伸びましたね。


「うん、少しだけどね」


話をしましょう。


「うん」


 2人はベッドを背に、床に並んで座る。


 床に座ると色とりどりのぬいぐるみが山のように迫って見える。トラブルは目を押さえた。


「トラブル、ダウンライトだけにしよう。蛍光灯は消してさ。ほら、この方が落ち着くでしょ?」


この角度と暗さで手話が読めますか?


「うん、大丈夫だよ」


ありがとう。


 2人はお互いに惹かれあっていると自覚していた。


 初めての恋心にテオは自分の感性のままに好意を表現し、トラブルはそれを素直に嬉しいと感じる。


 普通に出会っていたら当然のように付き合い始め、ハッピーエンドを迎えていたかもしれない。


 しかし、トラブルにはいまだにまとわりつく心と体の傷があり、テオにはアイドルという職業的な制約がある。


 そんなモノ、後から考えればいいと何もかもを払拭ふっしょくして、情愛に身を任せる事も出来る。


 しかし、惹かれあっているからこそ傷つけ合う事になるかもと、失う怖さが先に立つ。


 トラブルは薄暗い部屋で、年下のテオが雰囲気に飲み込まれない様に気を付けながら言葉を選んだ。


…… さっき、ノエルに口説かれました。


「ええっ! 嘘⁈ 」


嘘です。


「えー…… 」


ノエルは、私の仕事がテオを悲しませる事になるのではと心配していました。今の私の担当は社員のみですが、当然男性もいますし練習生の男の子達もいます。彼等の事は守秘義務があるので恋人でも話す事は出来ません。なかなか理解してもらえない職業だと思います。疑いを持たれるような行動はしませんが、相手のある事です…… テオ? 聞いています?


「半分くらい」


どうしました?


「トラブル、綺麗だなーって思って」


同じ顔で言っていて恥ずかしくないですか?


「そこは、普通、照れたり恥じらったりするものでしょ」


分かりません。


「もう…… 。ねぇトラブル、ゼノに言われたんだけど、僕達が付き合い始めても手をつないで散歩や買い物が出来るわけじゃないし、デートも出来ないし、交際をオープンに出来ないし、条件は最悪だって」


そうですね。


「代表も反対してた。僕はトラブルの事をファンに胸を張って紹介出来るって言ったんだけど、代表は僕のスキャンダルより、トラブルを守りたいみたいだった」


そうですか。


「セスは、トラブルと代表が過去に何かあったんじゃないかって調べようとするし。代表はトラブルを守ろうとじゃなくて、隠そうとしているんじゃないかって…… 皆んな、僕達の事を歓迎してくれていないよね」


 項垂うなだれるテオに、トラブルは共感ではなく質問を返した。


セスは、どうやって調べると言ってましたか?


「え? えーと、キム・ミンジュさんなら何か知っているかもしれないって」


連絡していた?


「いや、僕が止めてって言ってゼノが説得して止めさせてくれた。…… 何でそんな事聞くの?」


あ、いえ、セスが悩んでいるなら質問に答えてあげなくてはと思いました。


「うん、そうだね。セスは、トラブルがパク先生と暮らし始めてから僕達と会うまでの間に代表と何かあったと思ってたよ。トラブルのフラッシュバックに対応出来たわけを知りたがってた」


それは…… パク・ユンホと代表は昔、写真集で一緒に仕事をした事がありました。代表は度々パクの家に来ていました。その時に私のフラッシュバックを目撃してイム・ユンジュに対処法を教えてもらっていました。パクの家で何度かフラッシュバックから助けてもらいました。


「ふーん。あれ? 代表はイ・ヘギョンさんから教えてもらったって言っていたような?」

(第1章第14話参照)


あ、ああー、イ・ヘギョンもいました。


「そうだよね、代表が仕事の依頼でパク先生の所に出入りしていたら当然トラブルとも会っていたもんね」


はい。


「そんな簡単な事、なんでセスは思いつかなかったんだろう? 僕より頭がいいのに」


あなたも頭がいいですよ。


「どうも。僕達、幸せになれるのかなぁ」


私は今、幸せですよ。


「本当?」


韓国一のスーパーアイドルの部屋で2人でいるのですから。


「普通にテオと、って言って欲しいな」


世界一背中がセクシーなスーパースターと2人きりで薄暗い部屋の中で肩を並べているのですから。


「わざと言ってるでしょ。もー! いい雰囲気にしたいのにー」


今は仕事中です。


「仕事場じゃないでしょ?」


でも、仕事中です。さ、ベッドに横になって下さい。


「はーい」


 テオは立ち上がり布団をめくると、クルリと後ろを振り返る。


「?」顔のトラブルを抱きかかえ、そのままベッドにダイブした。


 驚くトラブルを抱き寄せて、声をあげて笑うテオ。


「驚いた?」


 トラブルは、もうっ! と、起き上がろうとするがテオは離さない。


 ベッドで横になったまま、笑顔のテオと呆れ顔のトラブルは向かい合う。


 テオはトラブルの額から頰、唇を指でなぞって行く。トラブルの髪に手を入れ、額と額をこつんと、つけた。


 そして、低いハスキーボイスで甘えたように言う。


「ねぇ、キスがダメなら、このまま寝かしつけてよ…… 」

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