第50話 キッチン


 セスの部屋で、ジョンがドアをたたく前、トラブルはセスに、こう返事をしていた。


分からない。私には…… 分かりません。


 セスの「本当に?」の言葉に、もう一度考えてみるが、分からない。


(なぜ、分からないのだろう)


 黙り込むトラブルに、セスは聞く。


「友達と呼べる奴はいるか?」


 トラブルは答えない。


「じゃあ、子供の頃は? よく遊んだ子とか、いただろ?」


分かりません。施設の先生と遊んだ記憶はあります。


 セスは言葉を失う。


 韓国に来てからは?と、聞きたいが聞けなかった。


 沈黙が辛くなって来た頃、ジョンのノックに救われた。





 ノエルの部屋から出て来たトラブルを皆が囲む。


「ノエルの容体は?」

「僕の風邪がうつっちゃったの?」

「ノエルは大丈夫なんですか?」


 トラブルはセスに手話をする。


ノエルは少し休めば大丈夫です。疲れただけのようです。ご飯を食べれば元気が出ます。


 マネージャーは安心して、あとはリーダーのゼノに任せて帰って行った。


「お腹空いたー」と、ジョンが子供の様に催促する。


 トラブルはキッチンに立つ。マネージャーが肉と格闘したあとがあった。


「手伝うよ」


 手を洗うテオ。


 お湯を沸かして下さいと、トラブルの指示をセスが通訳して伝える。


 トラブルは野菜を切り始めた。


 テオは鍋を火にかけ、コップで水を入れる。


 5往復した頃、見ていたセスが「そのやり方、斬新すぎるだろ」と、突っ込んだ。


 トラブルが小鍋に水を張り、隣のコンロの火にかけた。


 それを見たテオは目を見開く。


「そうか! そうするんだ! もっと早く言ってよー!」


「そのくらい僕でも分かるよ」と、ジョンは呆れる。


 ゼノは腹を抱えて笑った。


 テオの手伝いではいつ食べる事が出来るのか分からないので、全員でキッチンに立つ。


 トラブルは、テオとジョンにキンパを巻くように頼んだ。


 韓国海苔にご飯と具材を巻く。


 それだけだが、ジョンのご飯の量が多すぎて苦戦し始めた。力で巻こうとして海苔は穴だらけだ。


「やり直しですね」と、ゼノは肩をすくめ「汚いなー」と、セスは眉間にシワを寄せる。


 トラブルが新しい海苔を2枚並べて巻き始めを手伝った。


 あとは、巻いてと、ジョンと交代する。


 今度は上手く巻けた。巨大キンパの出来上がりだ。


 テオもキンパを巻く。テオはご飯が少な過ぎて、具材メインの細巻き海苔巻きになった。


 トラブルは味噌チゲと鶏むね肉のヤンニョムチキンを仕上げ、テーブルに皿を並べる。


 突然、ゼノがトラブルを見て笑い出した。


「なんだよゼノ、気持ち悪いな」

「トラブルだけ3倍速で動いてるみたいなんですよ」


 テーブルに箸とスプーンを並べる時も、グラスを置く時も、テーブルの周りを1周してワンアクションで決める。


 海苔巻きを切るのに苦戦しているテオから包丁を奪い取り、パパパッと素早く切る。


 狭いキッチンに5人いて、トラブルだけは誰ともぶつからなかった。


「本当だー。マンガみたいー」


 ジョンの言葉に大笑いの4人。


 トラブルは無表情なりに「?」顔だ。


「楽しそうだねー」と、ノエルが髪をかき上げながら出て来た。

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