第204話 円卓会議


「おかえりー、早かったね」


 ノエルが缶ビール片手にテオを出迎えた。


「何、飲んでんだよー。トラブルが禁止したでしょー」


 テオはビールを取り上げる。


「1缶だけだよ。もう、かゆくないし」


 ノエルはテオの手から缶を奪い返し、飲み干した。


 左手で潰し、ゴミ箱に放り投げる。


「もうっ。心配してるのに……」

「ごめんね、テオちゃん。で? 解決した?」


 テオはエレベーター内での出来事を話す。


「そしたらさ、エレベーターが動き出して、本当、あせったよー」

「なんで、乗るんだよ。危ないなー。ここの廊下で話してると思っていたよ。誰も来ないんだから」

「セスは?」

「部屋だよ」

「ゼノは?」

「お風呂」

「んー、ちょっと、セスと話して来る」


 テオはセスの部屋をノックする。返事はな

い。


「セス、寝ちゃったの?」


 内側からドアが開いた。不機嫌そうな顔がテオを見る。


「あのね、セス。話して解決したような、してないような」

「いちいち、報告しなくていい。お前らがいいと思ったなら、それが正解だ」

「うん、でも、どうしても気になる事があって」

「……ノエルは、まだ起きてるか? ゼノは?」

「え、ゼノはお風呂で、ノエルはリビングにいる。なんで? 僕はセスと話がしたいんだ」

「皆んなで話そう」


 セスはリビングのテーブルに座る。


 ノエルは、2人がセスの部屋で話しをすると思っていたので、驚いた顔を見せた。


 ちょうどシャワーから出て来たゼノがテーブルに着く3人を見回した。


「何の会議ですか?」


 ゼノに手で座れと言い、セスは話し出す。


「テオ、トラブルはゼノの名前を出したか?」

「えっ、何で分かるの? うん『ゼノは』って言いかけて言うのを止めた」

「私ですか?」


 ゼノもテーブルに着く。


「それで?」


 セスは、いつもの様にテオから話しを聞き出して行く。


 ゼノの話ではない。カン・ジフン。再認識してショック。忘れていた自分に腹が立った。


「あとは、えーと……大体、こんなとこ」


「カン・ジフンか……」


 セスは、納得した様子でうなずく。


「テオ、セス、説明して。この会議は何なの?」


 ノエルはいぶかしげに2人を見る。


 ゼノが、心当たりがあると言った。


「手話が聞けたので返事をしたらトラブルが変な顔で見て来て。で、セスが理由を聞いてもトラブルは答えませんでした。その事ですよね? 私が何か地雷を踏みましたか?」


「いや、ゼノじゃない。カン・ジフンに対する再認識だ」


 セスは、椅子の背に頭を乗せ天井を見る。3人はセスの言葉を待った。


「なぁ、テオ。気が付いていたか? カン・ジフンは手話を理解していない」


 3人は顔を見合わせる。


「セス、それの何が問題? 僕も手話は、分からないよ」


 ノエルが言い、ゼノも同意する。


「いや、手話は読めなくても、手話を使うトラブルに慣れて来ただろ? で、何となく読めるようになって来た」

「うん、まあ、そうだけど。カン・ジフンさんも同じじゃない?」


 セスは素早く否定した。


「違う。考えてみろよ、カン・ジフンは俺達より先にあいつと親しくなった。台湾の忘年会の練習で、大道具達よりも一緒にいた時間は長かったはずだ」

(第1章第25話参照)


「そうですね。食事にも行ってますし」

「ランチしながらイチャついてたし」

(第2章第82話参照)


「何それ⁉︎ いつの話⁉︎」

「テオ、落ち着いて。テオと付き合い出す前の話だよ」


 ノエルは左手で髪をかき上げる。


「手話は出来なくても何となく分かる。これが『普通』だと思わないか?」

「セス、カン・ジフンさんも何となくは分かっているのではないですか?」

「いや、会社で見かけた時、あいつは、こう手話をやり掛けて、ジェスチャーに変えていた。『待っていて』だ。手話でも充分に伝わるはずだろ?『待っていて』なんて、簡単な手話だ」

「まあ、それくらいなら僕達にも分かるけど」


 ノエルは視線でゼノに同意を求める。


 ゼノは眉をひそめた。


「簡単な手話ですら理解していないと言いたいのですか?」

「よほどのバカか、無関心なのか…… ゼノがあいつの手話に答えた時、あいつ変な顔をしてただろ? 『再認識』とは、分かっていた事を、やはりそうか、と思う事。カン・ジフンは、やはり手話を理解しようとすらしていないとショックを受けたんだ」

「トラブルに無関心なわけがないよ。だって、夜中に家に来たんだよ?」

(第2章第159話参照)


 テオはまだセスの言う事に疑心暗鬼だ。


「じゃあ、無神経だな」

「うーん、セス。言いたい事は分かりますが、カン・ジフンさんと重なりませんよ。彼はトラブルに好意を持っているはずでは? 彼は、とても好青年ですよ」

「うん、僕もそう思う。好意を向ける相手を理解しようとしないとか、無神経とか、当てはまらないよ」


 テオはトラブルの言葉を思い出した。


「ノエル、トラブルはカン・ジフンさんは『いい人ではない』って言ってたんだ。何となく、そう感じるって。セスもそう感じるの?」


 セスはゆっくりと言葉を選んだ。


「ああ、感じる。俺はカン・ジフンが……気持ちが悪い」

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