第91話 弁護士


 翌朝、トラブルが日課のランニングから戻ると、お手伝いさんが朝食の支度を始める所だった。


 まだ息の荒いトラブルに水を差し出しながら「今日はご出勤ですか?」と、聞く。


 うなずくトラブル。


「何だか、嬉しそうですね」


 そうですか?と、鏡を見る。確かに顔がにやけていた。


 トーストを立ったまま食べ、シャワーを浴びて着替える。


 そして、パク・ユンホの部屋をのぞく。


 主人の居なくなった部屋は朝日を浴びても寂しそうなままだ。


 トラブルはパクが亡くなってからも、朝晩、この部屋をのぞいていた。


 ただ、習慣になっているだけと、自分に言い訳をしながら、居るはずのない人に声を掛ける。


(行ってきます)


 頭をペコッと下げて、家を後にした。






 一方、テオは朝早くからノエルを起こして騒いでいた。


「もー、何でも似合うよー」


 ノエルはパジャマのままで、テオのファッションショーにあきれている。


「だってトラブルが連絡して来たんだよ。今日、会えるんだよ。何着て行けばいいか一緒に考えてよー」

「デートじゃないんだから…… 真っ黒ならお揃いになるんじゃん?」

「そうか!」


 テオは、たった今着た服を脱ぎ捨ててクローゼットを探り出す。


「あー、余計なこと言っちゃたー」


 ノエルは髪をかき上げながらベッドに倒れ込んだ。






 医務室の前でトラブルは立ちすくんでいた。


(何だこれ⁈)


 テレビにゲームが繋がれたまま、ぶら下がっている。


 ソファーベッドは広がった状態でブランケットが申し訳なさそうに畳まれて置かれていた。


 キッチンには飲みかけのグラスが散乱し、マッサージチェアーは電源が入ったままだ。


 観葉植物はあわれにも、しなび始めていた。


(あいつら、ここに住んでたのか⁈ もう! すぐに仕事を始めたいのに!)


 ロールカーテンをすべて上げてドアを開いたまま固定する。片付けと掃除を始めた。


「トラブルー、久しぶり!」


 ジョンが駆け込んで来た。他のメンバー達も「やあ」と、入って来る。


 ゼノがお悔やみの言葉を言った。


 トラブルは丁寧に頭を下げた後、パチンッと指を鳴らして室内を指す。


「えーと、昨日、片付けようと思ったのですが宿舎に直帰で時間がなくてー」と、ゼノが言い訳をする。


 ふーんと、腕を組むトラブル。


「すみません。すぐに片付けます」


 韓国で1・2を争うスーパーアイドル5人の片付けを尻目にトラブルはパソコンを立ち上げ、入力を始める。


 15分程で「片付け終わりました!」と、敬礼するメンバー達。


 トラブルは、お疲れ様でしたと、頭を下げた。


「よかった。元気そうで」


 テオと微笑み合う。


「遺産相続どうなったの?」と、ジョンが考えなしに口を滑らせた。


「バカっ」


 セスがそう言っても、もう遅い。


 ノエルが、実はカン・ジフンから聞いていたと説明をした。強引に聞き出したのでカン・ジフンは悪くないとフォローを入れる。


 トラブルは、大丈夫と、手話で言い、相続内容を説明した。


パク・ユンホの全財産を相続しました。


「全財産⁈」


 セスとテオが同時に驚く。セスが皆に通訳をした。


 トラブルはパソコンに向かい、パクの遺言書の内容を書いてメンバー達に見せる。


「クソ面倒な遺言書を残したんだな」


 セスがって言う。


 トラブルは、はいと、強くうなずいた。


「トラブルが寄付を拒否したら、どうなるの?」


 ノエルの疑問にトラブルは、さあ? と、肩をすくめる。


「こいつは絶対にそんな事しないと確信してるから、この内容にしたんだろう」


 トラブルはセスにうなずいてみせる。


「でも、拒否も出来るんでしょ?」


 ノエルが食い下がった。


 トラブルは『私と結婚すれば大金持ちになれますよ』と、パソコンに打ち、笑ってみせる。


「ノ・エ・ルー」と、にらむテオ。


「そんなつもりで言ったんじゃないよ!もし、の話だよ!」

「腹黒ノエル〜」


 ジョンの一言に大笑いのメンバー達とトラブル。




 ふいに、医務室のドアがノックされた。


 見ると事務スタッフが「トラブルさん、お客様です」と、パク・ユンホの弁護士を案内して来た。


「トラブルとは通称名なのですね。ミン・ジウさんで通じなくて困りましたよ」と、弁護士は頭をかく。


 メンバー達と挨拶を交わし、トラブルに相続の書類のサインを一ヶ所忘れてましてと、書類の束を取り出す。


 はい、はい、と、トラブルは慣れた手付きでサインを済ませた。


「あの、実は、この件でお話ししておかなくてはならない事がありまして…… 」と、弁護士はメンバー達をチラッと見た。


 トラブルはパソコンに『この方達は相続の事もすべて知っているので話をして頂いて問題ありません』と、打つ。


「いえ、しかし、守秘義務の問題もありまして」


『彼らは、秘密を守れます』


「…… あの、また、日を改めます」


 弁護士は頭を下げて帰ろうとした。


 ゼノとセスは目配せをして席を立つ。


 トラブルは、ジェスチャーでそれを制止し『彼らに、秘密を持つのは嫌なんです』と、譲らない。


「しかし…… 」


 弁護士はトラブルとメンバー達を交互に見る。そして、小声で言った。


「あなたとチェ・ジオン氏の家の件です」


 トラブルの顔色が変わる。書類の住所を見て動揺し始めた。


(なんで⁈ )


「これは、私の弁護士人生にも関わる件なんですよ」


 トラブルは言葉を失い、書類を持つ手が震える。


 テオがトラブルの肩に手を掛けた。


「トラブル、話しを聞いた方がいい。僕達はトラブルが信じてくれているだけで大丈夫だから。ね?」


 トラブルはテオを見て、そして、頬が緩む。


ありがとう…… あの、今日の服カッコいいですね。


 テオも微笑み返す。


「どうも。さ、みんな出よう」


 メンバー達は医務室を後にした。





 弁護士は話しを始める。


「その住所の家と土地は元々チェ・ジオン氏の叔父にあたる方の持ち物でした。チェ・ジオン氏がお亡くなりになられた後も、そのまま叔父名義で残されていました」


 トラブルは思い出した。


(叔父さんは、私達が結婚したらお祝いにその家をくれると言っていた)


「あなたが退院してパク氏と同居を始めた頃、パク氏の依頼で私はその叔父の方を探し出しました。当時、若年性アルツハイマーをわずらい、入退院を繰り返しておられましたが、体調の良い時を見計らい、私はなかば強引にその家と土地の売買契約書にサインをさせたのです。家は今も当時のまま、残されています」


 弁護士は一呼吸置く。


「本題はここからです。チェ・ジオンの御両親は、その家と土地を知りません。これは叔父さんが言っていた事です。しかし、本当の所は、分かりません。パク・ユンホの訃報が報じられた今、もしかしたら息子さんの住んでいた家を思い出すかもしれません。そして、それがあなたの手に渡ったと知れば、取り返しに訴訟を起こす可能性があります」


 弁護士は2人しかいないのに、周囲を伺いながら続ける。


「しかも……」




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