第352話 泥棒の基本


 代表は各ベッドをのぞいて周った。布団をめくり枕の下を見る。


 トラブルはタンスの引き出しを上から開けて行った。


 衣類の間を、何か分からない虐待の証拠を探す。


(日記でも出て来れば、いいのだけれど……)


 次の引き出しを開ける。すると、2段ベッドの上の代表から声を掛けられた。


「おい、開けたら元に戻せ」


閉めました。


「違う」


 代表はベッドを降りて、最初に開けた引き出しを、もう1度開けた。


「見ろ。この服、お前が手を突っ込んだままの形になっているだろ。これでは持ち主が見た時に、侵入に気付いてしまう。完全に元の状態に戻せ。だが、たたみ直してはダメだ。本人の癖ってモノがあるからな。自分がやったのとは違うとさとられない様にするんだ」


 トラブルはうなずいて、引き出しの中を整える。


 代表は、次の引き出しを開けた。


「見ろ。靴下の向きや下着の重なり方を覚えてから、さぐれ。もし、持ち主がこだわりを持っていたら、即バレるからな」


泥棒の基本ですか?


「バカ。早く仕事しろ」


 2段目の引き出しにも、何も証拠になりそうなモノは入っていなかった。


 3段目の引き出しを開ける。すると、その引き出しには衣類が少ししか入っていなかった。


(カン・ジフンの引き出しを見つけた。でも、何もないな……)


 トラブルが引き出しを閉めると、また、代表が上から「こら、ちゃんと探せ」と、言う。


探しましたっ。


 にらみながら手話で言い返す。


「お前は本当に基本が出来てないな。引き出しの内側と裏を見ないで、どうするんだ」


だから。それは何の基本ですか?


「チョ・ガンジンに厳しく管理されていたら、マズいモノは隠すに決まってんだろ。よく探せ」


(はい、はい……)


 トラブルは引き出しの裏を見る。しかし、何も隠されてはいなかった。


 4段目の引き出しも不審なモノはなく、トラブルは5段目の引き出しを開けた。


 その引き出しは、空っぽだった。


(辞めた子の引き出しか……)


 トラブルは、引き出しをタンスから引き抜いて、念入りに見る。しかし、何も見つける事は出来なかった。


 トラブルが引き出しをチェックしている間に、代表はベッドの捜索を終わらせてキッチンを見ていた。


 トラブルがキッチンに行くと、代表は手招きをして冷蔵庫を見ろと言う。


 冷蔵庫の中には、わずかな常備菜があるだけだった。


「食べ盛りの子供のいる冷蔵庫じゃないな。生活費は先週支給されて、週末に休みもあったはずだ。お前の勘はあながちハズレていないかもな。そっちは何か出たか?」


 トラブルは、首を横に振る。


「そうか……他の部屋も見るぞ」


 代表は痕跡を残していないか部屋を見回して玄関を出た。鍵を掛け、隣の部屋の鍵を開ける。


「えーと、ここは6人で使っているな」


 玄関には、カン・ジフンの部屋とは違い、靴が散乱していた。


 室内は散らかり、キッチンには朝食の皿が洗われずに積み上がっていた。


 2段ベッドが2台置かれた部屋とシングルベッドが2台置かれた部屋がある。


 シングルベッドは年上の2人が使っている様だった。


 どちらの部屋も、アイドルのポスターが壁に貼られ、脱ぎっぱなしの服やサッカーボール、スマホの充電器が置かれていた。


 代表は冷蔵庫を開ける。


 牛乳やジュース、食べかけのおかずが申し訳程度にラップされ、無造作に置かれていた。


「汚いな。整理整頓をさせろよ……」


 トラブルは代表の言葉に首を振る。


これが、10代男子の通常の状態です。


「そうだな……隣も見ておくか」


 隣の部屋は、比較的整理されていた。やはり、壁には様々なポスターが貼られている。


 トラブルは指をパチンと鳴らし、代表を呼ぶ。代表はトラブルが指を差す先を見た。


「貯金箱か……カン・ジフンの部屋にはなかったな」


 残りの2部屋ものぞくが、大して変わり映えのない部屋だった。


 代表と宿舎を出る。


「マネージャーの性格がそのまま反映された部屋だったな。しかし、証拠にはならない……」


内部調査を依頼したのですね。


「ああ。金の流れは個人情報で、銀行は俺には教えないからな。練習生に支給された後に、奴がいくら引き出して、いくら渡したか……子供達が受け取り額を記録していれば、話は早いんだが……」


子供が帳簿を付けているとは思えませんが。


「セスは付けていたぞ。見習ってゼノも付け始めていた。当時のマネージャーがやりにくいとボヤいていたがな」


さすが、セスです。


「ああ……しかし……」


何を考えています?


「あとの3人をどう保護するか……マネージャー全員が結託けったくしているとすると、そいつらに預けるのも……ま、とにかく戻るぞ」


 2人は、それぞれ車とバイクで会社に向かう。


 代表は医務室には寄らず、自分の執務室に上がって行った。


 トラブルは代表が何も言わないので医務室に戻る。


(3人の保護……チョ・ガンジンにさとられない様に……どうすればいい? 3人は練習している時間か。どうすれば……)


 トラブルは、ふと、カルテ棚に目をやった。


(5人のマネージャー……誰か1人でも弱みを握る事が出来れば……)


 5人のカルテを探し出し、使えそうな情報はないかと隅々まで読む。


(何か、何でもいい……誰か1人を協力者に出来れば。1人……1人? 1人でなくてもいいのでは? 要はチョ・ガンジンを孤立させる事が出来れば……そうだ! これなら、いける!)


 トラブルは、代表の元に走る。

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