第58話 白の写真


「何から話そうかね…… 」


 パク・ユンホはカメラを向けたまま、2人にゆっくりと語り掛ける。


「トラブルの婚約者だったチェ・ジオン氏は知っているね? 私は彼が大好きでね。私の寝室にスミレの花の写真があるのだが、あれは彼の作品なんだよ。トラブル、気が付いていたかい?」


 じっと耳をすます2人にシャッター音が届く。


「あの作品を見るとね、世の中そんなに捨てたもんじゃないと思えるんだ。根拠もなくね。生きているだけで幸せなんだと、彼の声が聞こえるようなんだよ」


 何かを思い出しているかのように長いが開く。


「なあ、トラブル。君は始め、そんな彼の作品に惹かれたのではないのかね? 学生展覧会で涙を流していた女性が君だったと彼から聞いたよ」


 トラブルの顔から怒りが消えた。


「そして、彼は彼の作品以上に真っ直ぐ誠実に生きている人だった。彼には嫉妬という感情がなかった。いや、あったのだろうが、そんな負の感情も愛おしいと言い切る強さがあった。私にびる事なく、自分はこれがやりたいとハッキリした意思を持っていた……」


 ふうっと、ひと息吐く。


「会えばいつも、トラブル、君の話しをしていたよ」


 カメラはテオに向かう。


「9才まで日本の養護施設で育った事は話したよね? 日本の警察が捨て親を探したが見つからず、韓国に引き取られた経緯も分からず、この国で里親を3回変えて1人で生きて来た彼女は、どんな花よりも美しいと言っていた」


 パクの柔らかな口調は続く。


「トラブルの名前は知っているかい? ミン・ジウ。最後の養父が付けた名前だ。生みの親は名前を残さなかった。日本の施設で担当者がつけた名前で育ち、この国で最初の家族から名前を付けられ、次の家族からも、また違う名前で呼ばれ、最後の家族のもとから15才で逃げ出して、1人で生きて来た美しい花は結婚の話しが出た時、泣きながら婚約者に戸籍上の父親が獄中死したと告白した」


 声が低くなる。


「自分への児童虐待でと……」


 カメラは2人に向いたまま、しかし、シャッターは切られない。


「テオ、この意味が分かるかい? トラブル、君の最後の父親は君に何をしたんだ? その前の父親は? その前は? なぜ、3回も家族を変える事になった? 君の美しさが原因か?」


 トラブルが体を強張こわばらせる。それはテオの腕にも伝わって来た。


「君は何をされた? 君に何をした? 君は何をした? 君は何をしなかった?」

「やめろ!」


 テオが叫んだ。


 トラブルが小刻みに震えている。


 パクのシャッター音は容赦なく鳴り響いた。


「……もう。もう、やめて下さい」


 テオの声も震えていた。






 メンバー達がそっと入って来た時、テオの「やめろ!」が聞こえた。


 驚き、思わず足を早めるノエルをセスが引き止めた。


 ノエルらメンバー達は、戸惑いつつも約束通りにパーテーションの裏で静かに座った。

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