第59話 白の写真


 パクはカメラを向けたまま皮肉を込めた口調に変えた。


「15で里親から逃げ出した君は、年齢をごまかして働いたそうだね。歳がバレるたびに仕事を変えて、自力で高校を卒業して……テオ、君は15才の時、何をしていた? トラブル、今の君が何でも器用にこなすのは、その経験のおかげなのかい?」


 鼻でフンッと笑う。


「当時の苦労のおかげで今の君があるのなら皮肉だね」


 照明の中にいる2人には、暗がりにいるパク・ユンホの意地の悪い表情が手に取る様に分かった。


「看護大学の入学金を貯めるのに、相当な苦労をした。そうだろ? どんな仕事をやった? 汚い事にも手を染めたか? トラブル、別に働かなくても良かったんじゃないのか? 君だったら、金持ちのパトロンでも何でも、捕まえるのは簡単だったろう? もっと金が稼げて楽な道はあったはずだ」





「トラブル、トラブル、目を開けて。目をつぶっちゃダメだよ」


 テオがカメラを見たまま耳元でささやく。トラブルは小さくうなずいて顔をあげた。





 パク・ユンホの1人芝居が続く。


「イ・ヘギョンさんから聞いたよ。看護大学に入学後、学年トップを独走して首席で卒業したとね。そんな生徒はいなかったから驚いたそうだ。友達もたくさん、いたそうじゃないか。ファンクラブもあったって? 青春を謳歌していたんだなぁ。失われた10代を自分の力で取り戻した。で、また、疑問がわくのだよ。なぜ、金持ちの医者を捕まえなかったのか?」


 なぁトラブルと、パクはカメラに視線を落としたまま口調を強めた。


「君は本当は、やりたい事だけをやっていたい自分勝手な人間じゃないのか? 人から見れば大変な苦労や努力も、君にとっては、やりたい事をやっているだけで、実は何の努力もしていないんじゃないのか? だから、パトロンや誰かのものになる必要がなかった。どうだ? 説明がつくだろ?」


 テオにはパク・ユンホが何が言いたいのか、何をやろうとしているのか、まったく理解出来なかった。しかし、自分の腕の中で細い肩が冷えて行くのは感じていた。


「大学時代はさぞ、チヤホヤされただろうな。成績優秀で校内一の美人だ。お姫様か女王様のように振る舞っていたか? 満喫しただろう。皆、女王陛下の下僕で、皆、女王陛下を見上げている。すべてを手に入れた気分になっていたかい?」


 パクは唾を吐く。


「なんてイヤな女だ! お前に友達なんかいない。取り巻きがいただけなんだろう? 校内で恋人が出来ないはずだ。そして、そんな状況に飽きて来たんだろ? やりたい事がなくなった君は、チェ・ジオンと出会い、飛びついた」





「大丈夫だよ。パク先生の独り言だよ。大丈夫、大丈夫」


 テオは冷たい肩を抱きしめて何度もささやく。トラブルはテオに頭を預けた。





「チェ・ジオンは君を満足させただろ? 取り巻きの大学生とは違い、大人の男だ。バイクで送り迎えをしてもらったのかい? それを同級生に見せつけて鼻高々か。君の知らない知識と技術のある男。しかも、いい男だ。君の虚栄心は満たされ、知的好奇心は刺激された。過去の父親達とは違う、自分を自由にしてくれる男!」


 カメラを忘れて、大袈裟に両手を広げる。


「君が自分勝手に、やりたい事やりたくない事を選別しても彼は受け入れて許してくれた。でなければ結婚まで話しは進まないはずだ。彼の写真に君の過去は写らない。まるで、望まれて生まれ、愛されて育ち、ずっと太陽の下にいた様な幸せな顔の自分が見えただろうね」


 パクは声をひそめた。


「幸せになれると思ったのかい? 生まれてからずっと日陰にいて、太陽を恨んで、ねたんでがれて、やっと太陽の光を浴びる事が出来ると思ったのか? 自分にその価値があると?」


 そして、手を振り回して声を荒げた。


「そんな事が許されると思ったのか! お前が太陽の下に出て来たから彼は死んだんじゃないのか⁈ 彼の母親に言われたんだろ⁈ お前のせいだ!」





 トラブルの体に力が入る。


 テオは「大丈夫。大丈夫……」と、抱きしめ続けた。





「3人の母親には言われなかったのか? お前なんか引き取るんじゃなかった。お前じゃなければ良かった。他の子なら良かったのに。お前さえいなければ!」





 パーテーションの裏ではジョンが耳を塞いでいた。真っ赤な目でゼノに助けを求める。


 ゼノは、そんなジョンの肩を抱き背中をさする。


 ノエルとセスも悲痛な顔をして耳を傾けていた。

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