第321話 赤い風船とテオ語の継承者


 ステージに上がり、いつもの様にメンバー達を代表してゼノが挨拶をした。


 軽く踊りながら動線を確認して行く。


 初日と違い、2日目は音響の調整と照明やイヤモニの動作確認がメインで、メンバー達はリラックスしてリハーサルを終わらせた。


「お腹空いたー!」


 ステージ上でジョンが大の字になって寝転がる。そして、天井を指差した。


「見て! 風船がはさまってる!」


 メンバー達が見上げると、頭上高く、天井の骨組みに挟まった赤い風船が揺れていた。


「あれって、昨日のじゃないよね?」


 テオもジョンに習って寝転がる。


「僕達、風船なんか使ってないでしょ」


 ノエルも右手をかばいながらゴロンと横になった。


「あそこに挟まったまま、しぼむのを待つのですかねー」


 ゼノは腕を枕にして、ジョンの隣に寝転がる。


しぼむのを待つって、風船の言葉?」


 テオが見上げたまま言う。


「シュールだな」


 セスも横になり、赤い風船を見上げた。


「シュール?」

「ああ。あの風船はみずかしぼんで落ちて行くのを待っているのか、落ちて来いと待たれているのか……」

「……僕だったら、落ちて皆んなの所に行きたいな。1人で、あそこにいるのは寂しすぎるよ」

「テオはロマンチストだねー」


 ノエルが笑う。


「ノエルだったら、どうする?」

「もし、僕があの風船だったら……体を揺らして、誰かに気付いてもらおうとするかな。誰か、降ろしてーって」

「あはっ、その手があったね。僕は上手く揺らせないだろうなー」

「そう? テオが風船で、上手く揺らせなくても、きっと誰かが降ろしてくれるよ」

「うん、そうだね。きっと、誰かが助けてくれる」

「そう。だから大丈夫だよ」

「うん」


 テオとノエルの会話を聞いたゼノは、天井を見つめたまま「セス、分かりました」と、つぶやいた。


「ゼノ、何が分かったの?」

「セスが、メイク室にテオを寄越よこした理由ですよ」


 ゼノは視線を天井からセスに動かした。


「セス。テオとノエルは、まったく性格が違うのに理解し合っている。奇跡の様ですよ」

「奇跡は言い過ぎだろ」

「いいえ。あの時、なぜセスが止めに来なかったのか不思議でした。なぜテオを寄越よこしたのだろうと考えていたのですよ。ノエルを理解しているのはテオしかいない。そういう事ですよね、セス?」


 セスはゼノの視線を横顔に受けながら言う。


「んー……少し違うな」

「違う?」

「テオは変な奴だ。こんな変な奴と赤ん坊の時から一緒にいられるノエルは、もっと変な奴だ。変な奴の恋愛論をゼノが理解出来るわけがない。でも、テオ語でなら伝わる。テオ語は意味不明だ。なのに、気持ちが伝わるだろ?」 

「なるほど、確かに……しかし、意味不明ではありませんでしたよ?」

「じゃあ、テオが何て言ったのか教えてみろ」

「えー、ノエルはノエルのままで……相手をよく観察してから好きになる……慎重派……って所です」


 セスは顔を傾けて床に頭を付けたまま、ゼノを斜めに見た。


「テオが『観察』『慎重派』って単語を使ったのか?」

「いえ……あれ? これは私の言葉ですね。テオはー……んん? たくさん話してくれたのですが、具体的には……えーと……あ! ノエルは態度を変えない。ノエルはノエルのままでー……えー……」

「ほら、出て来ないだろ。気持ちで受け止めたから人には説明しにくいんだよ」

「さっきは、あんなにに落ちたのに、何て言われたか思い出せないなんて、信じられません」

「テオ語、恐るべしだろ?」

「はい」

「ねー。さっきからさー、変な奴とか理解出来るわけがないとか、僕達に失礼じゃない?」


 ノエルが髪をかき上げてセスを見る。


 テオは赤い風船に手を伸ばした。


「僕って変な奴? 不思議とは言われるけど、変って……変? 変って何?」

「お前の事だ」


 セスは容赦ない。しかし、テオは気にしない。


「僕、変なんだ。ノエルはもっと変? もっと僕って何?」

「テオー、変って言われてんのに平気なの?」

「だって、ノエル。変は僕なんだから僕は平気だよ?」

「本当、かなわないなー」


 ノエルは幼馴染の頭をクシャクシャッと撫でる。そして、セスを見た。


「セス。僕達は赤ちゃんの時から一緒にいたわけじゃないから。幼稚園からだから。あと、僕はテオほど変じゃないから」

「酔っ払いが酔ってないって言うのと、同じ理論だな」

「違うよ! テオの変を受容しているだけだから!」


 セスが鼻で笑う。


「ノエル。相手の欲しいタイミングで欲しい言葉を言って、相手の気持ちをコントロールする奴が変じゃないって? しかも、その相手が自分でその気になったと錯覚までさせるなんて、神かノエルかって感じだろ?」

「今、“悪魔” を僕に置き換えたでしょうー」


 ゼノは大きく息を吸い込んだ。


「セス! セス! 大変な事に気付きましたよ。ノエルは我々に、その技を使っていない!」

「……バーカ」

「な!」

「セスー。リーダーにバカはないでしょう」


 ノエルは呆れた顔をセスに向ける。


 今度はセスが大きく息を吸い込んだ。


「相手に気付かれていないと言っただろ。ノエルがその気になれば、俺達を解散だってさせられるさ」

「それは、セスでしょー」


 ノエルは目を細める。


「俺は、1対1でしか相手を操れない。あの記者会見みたいな事は、テオ語を使える悪魔にしか出来ない」

(第2章第245・246話参照)


「悪魔ってハッキリ言ったね。あの時は天才って褒めてくれたのに」


 ゼノは半身を起こし、不貞腐ふてくされた顔をするノエルに早口で言う。


「ノエルはテオ語を使っているのですか⁈」

「んー? 僕自身の自覚はないけど、セスがそう言うなら使っているのかなぁ」

「気持ちだけを伝える言語ですか……具体的には説明が出来ませんね」

「それがテオ語だ。ノエルはテオ語を使う最初で最後の人間だ」

「絶滅危惧種みたいに言わないでよ。しかも、テオ自身が入ってないし。テオ語ねぇ……トラブルがテオを好きになった理由も、その辺りにあるのかなぁ? どう思う? テオ?」


 テオは胸に手を当てて眠っていた。


「あれ。テオ、寝ちゃってるよ」

「え! という事はー、ジョン! 寝てはダメですよ!」

「もう、遅い」


 ジョンは大の字になり、口を半開きにして寝ていた。


「あーあー。これは、しばらく起きませんね」

「早起きして走ったからな」

「トラブル方式で起こしてみれば?」

「あれ、難しいんですよ。起こせないんです」

「ゼノ、試したの⁈ 笑えるー」

「やり方をあいつに聞いておけよ」

「トラブルにですか? そうですね。グイっと、こう首筋を……グイっとー……たった、それだけなのに何が違うのでしょうねー?」

「僕も試してみよ」


 ノエルがジョンの首筋を親指で押し上げる。が、案の定、ジョンはピクリともしなかった。


「あれ? おかしいな」

「もっと強くやってみろよ」

「うん。えいっ!」


 ノエルは左手で、眠りこける末っ子の首筋を力任ちからまかせにこすり上げた。


「んがー!」


 ジョンが腕を振り上げ、ノエルは後ろに突き飛ばされる。


 ノエルは咄嗟とっさに右手をステージについてしまった。


「いっ! 痛いー……」


 これには我慢強いノエルもたまらず声が出る。右手のギプスを抱え込んだ。


「ノエル! 大丈夫ですか⁈」

「んー……」

「ト、トラブルを……セス! トラブルを呼んで来て下さい!」


 セスはフル回転で考える。


「あいつ、今どこに…… そうだ!」


 マイクのスイッチを入れ、大声でトラブルを呼んだ。


「貧血クソ女ー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る