第163話 ギリギリ、ギリセーフ


 一方、宿舎の朝9時。


 ノエルはリビングをソワソワと歩き回っていた。


「まだ、1時間ありますよ」


 ゼノが落ち着かせようとするが、ノエルは気が気でない。


「だって、マネージャーが先に来たらヤバいじゃん」

「一応、公認ですから。ヤバいって事はないと思いますよ」

「でも、時間に遅れたりしたら自由に会いに行かせてもらえなくなるよ。代表に報告されたら大反対されるだろうし」

「まあ、そうでしょうが……」


 困るゼノに、セスが助け舟を出す。


「あいつは、そんなドジは踏まないさ」


 セスの言う“あいつ”とは、テオの事ではないとノエルは理解する。しかし、気持ちは落ち着かない。


 ジョンがシャワーから出て来た。


「頭、痛ーい」


 ゼノが「今日の1本目がCM撮影で良かったですよ」と、言いながらジョンに水を渡す。


「なんで僕、お酒が強くならないんだろう? セスとノエルは平気なの?」


 こめかみをむジョンにセスとノエルは答えた。 


「俺達が、どれほどのイバラの道を歩んで来たと思ってんだ」

「千里の道も一歩から! 修行あるのみ!」


「分かりました!」と、ジョンは敬礼する。


 ゼノは呆れてジョンを止めた。


「ジョン、イバラの道も千里の道も必要ないですからね。この2人のマネをしないように」

「お酒が強い方がカッコイイじゃん!」

「勘違いするなジョン。酒が強いからカッコイイのではなく、俺達だからカッコイイんだ」

「そうそう。勘違いするな」


 ノエルがジョンの鼻をチョンっとつつく。


 ジョンは「子供扱いしてー!」と、腕組みをしながら頬を膨らませた。


 ノエルは時計を見て笑いが止まる。


「もう、30分だよ。テオ〜」





 その頃、トラブルは焦っていた。


 ソウル市内に入った所で、大渋滞が起きていた。多重事故が原因で車線規制が引かれ、バイクですり抜ける事も出来ない。


(ここでテオだけ下ろすワケにもいかないし……)


 トラブルは一か八かの勝負に出た。


 歩道に乗り上げてUターンをする。バイクに向けてクラクションが鳴る中、車の間を猛スピードですり抜けた。


 漢江はんがんの橋を渡り、川向こうから事故現場を超える。


 トラブルは体勢を低くし、テオの腕を片手で支えながらスピードを上げる。


 橋を2本やり過ごし、3本目でソウル市内に向けて渡る。大きく回り込みながら裏道を通って宿舎裏の駐車場に到着した。


「死ぬかと思ったー」


 そう言いながらヘルメットを脱ごうとするテオを止める。


「あ、そうか。ありがとうトラブル、セーフだよ」


 テオはトラブルとグータッチをして宿舎に入って行った。


 トラブルは、ふーと、ひと息ついてバイクを出す。すると、前からマネージャーの車が向かって来た。


 トラブルは、ヤバっと顔を下げながらすれ違う。


(ギリギリセーフ……)





「ん? 今のトラブルでは? ……まさかね」


マネージャーは首を振りながら車を駐車場に入れる。





「テオー! 遅いよ。ギリギリ過ぎるよー」


 ノエルが出迎えてテオにハグをする。


「ごめんごめん。事故で渋滞してて」

「トラブルに送ってもらったのですか?」

「うん。ゼノ、そうだよ」


 ピンポーン


「マネージャーだ。テオ、ヘルメット隠して」


 テオは部屋に走る。


「おはようございます」


 ノエルが笑顔でマネージャーに挨拶をする。


「おはようございます……皆さん今日は早いですね。ジョンは……起きていますね」


「おはようございまーす!」


 テオが部屋から大袈裟な演技をしながら出て来た。マネージャーは眉間にシワを寄せる。


「お、おはようございます……」


 明らかに不審をかったテオに、ゼノは無言で頭を抱え、ノエルは顔を両手で覆う。セスは失笑した。


 テオは皆の様子に取り繕わなくてはならないと気付いたが、咄嗟に気の利いた事の出来る機転の持ち主ではない。


「じ、事故渋滞でも時間通りなんて、さすがマネージャー!」


 テオはフォローを入れたつもりが、マネージャーは「事故渋滞が起きているなんて、よく知っていますね」と、怪訝けげんそうに言う。


「え、う、うん。ニュースで見たから!」


 テレビを指差すが画面は真っ黒で点いていない。マネージャーはテレビとテオの顔を見比べた。


 ゼノは頭を抱えたまま上を向いて笑いをこらえ、ノエルは顔を両手で覆ったまま後ろを向き、肩を震わせる。


 これ以上ひどくなる前に、仕方がなくセスがフォローを入れた。


「昨日の酒が残ってんな」


 セスの一言でマネージャーは、ああと、納得し「ノエル、残るほど飲ませてはいけませんよ」と、ノエルを注意する。


「僕⁈ あ、はい。気を付けます」


 ノエルはテオをにらみつける。テオは両手を合わせ、ごめんと、ポーズして見せた。

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