第164話 日本語監修


 CM撮影の為、社内の撮影スタジオに入る。


 セットを確認して撮影クルーと挨拶を交わし、簡単な打ち合わせを行う。


 マネージャーがずっと付いているので、気になっていても、昨夜の話を聞く事も言う事も出来ない。


 この炭酸飲料のCMは日本で放送される為、日本語の発音を確認しながらメイク室に移動する。


「セス、『す』だよ『す』」


 ノエルが指摘する。


「『す』って言ってるだろ」

「『ちゅ』ってなってるよ」


 ジョンが笑う。


「ジョンが一番、上手ですね」


 ゼノが意外そうに言った。


「トラブルに教えてもらったもんねー。ねー、マネージャー」

「いつ⁈」


 テオが叫ぶ様に言う。


 マネージャーは、日本ではジョンが一番人気で先方の要望でセリフが増やされた為、練習させたと説明した。


「すぐに、発音完璧になったってトラブルに褒められたもんねー」

「喋れない奴に、どうやって発音教えてもらうんだよ」


 セスがもっともな事を言う。


「動画見せてもらったー」

「なるほど」

  

 ゼノは納得をする。


「日本語の歌も教えてもらったよ」


 ジョンが耳で聞いたままの歌を口ずさみながら、メイク室に入る。


「それ!トラブルが好きな歌だ!なんて歌?」


 テオはジョンに迫るが、ジョンは曲名は分からないと言う。


「鼻歌で検索出来るアプリってなかったっけ」


 テオがスマホの操作に夢中になっていると、スマホが宙に浮いた。

  

 上がっていくスマホを驚いた顔を見る。


「テー、オー」


 ユミちゃんがテオのスマホをつまみ上げ、鬼の形相で見下ろしていた。


「私まで駆り出されているの。この意味分かる? とーっても、急いでいるの」

「はい!すみません!」


 皆に笑われながらテオは鏡の前に座る。


 メイクが終わり衣装に着替えスタジオ入りすると、代表が顔を出した。


 炭酸飲料の会社スタッフと撮影クルーが挨拶をする。


「これが日本語の監修をします」


 代表がスタッフに紹介した手の先に、白衣のトラブルが立っていた。


 その顔は明らかに機嫌が悪い。


「これは話せませんが、日本語が母国語なのでチェックさせます」


 これ? と、雇い主をにらみ付ける。


「そこに引っかかるな」と、代表は目を合わせずに小さく言った。


 トラブルの手話を見て、炭酸飲料の会社スタッフは不安を隠さない。


 代表はウオッホンと、わざとらしい咳払いをひとつする。


「日本語監修者が立会う契約を交わしておきながら、今日、日本人スタッフすら寄越さなかった、そちらのミスをフォローしているつもりですけどねー。いい加減な日本語を話させて、うちの子達にキズをつけるつもりですか?」


 腕組みをしたまま、しゃになって言う。


 めっそうもない!と、バタバタと撮影クルー達が動き出した。


「代表、怖〜い」


 ジョンがゼノに隠れる。


「トラブルー」


 テオが声を掛けるがトラブルは一瞥(いちべつ)したのみで、スタッフから台本を受け取り目を通す。


「トラブルも怖〜い」

「随分と不機嫌ですね」

「昨日の夜、何かあったの?」


 ノエルはテオに聞く。


「何もなかったけど……」

「何もしなかったの⁈」


 ノエルにはそれで充分に察した。


「ノエル!しっ!」


 ノエルは口を押さえながら、小さく「何も?」と聞き返す。


「うん、何も」

「何で⁈」

「後で話すから」

「あいつは欲求不満で不機嫌なのか?」


 セスが話に入って来る。


「そうやって、からかわれるから嫌だってトラブルが……」

「で、何もしなかったのー」


 ノエルが呆れて言う。


「嫌だと言われたら、しょうがないでしょ」

「チューも?」

「うん」

「はぁー。セス、次のパーティは、いつになるのでしょうね」


 ゼノも呆れている。セスは肩をすくめるだけで閉口した。


「だって! いろいろ、あったんだよ! カン・ジフンさんが来たり……」

「えええー!」


 ノエルの大声で、マネージャーがこっちに向かって来た。

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