第237話 決心


 スタジオでは、ソヨンがセスをにらんでいた。


 撮影の合間に、何度も唇の端にコンシーラーを塗り直す。


「もう、イイって」

「ダメです。切れた傷をテレビに映したらユミちゃんに叱られます」


 セスは、うんざりしながらソヨンに身を任す。


「セスちゃん、キレイ、キレイしましょうね〜」

「お前の口も切ってやろうか?」


 セスとジョンがつかみ合い、じゃれ合っていると、代表が顔を出した。


「お疲れさん。ゼノ、ノエルの事なんだが」


 メンバー達は代表の元に集まる。


「ノエルは今日、退院して自宅療養に入る予定だったが、本人が宿舎に戻りたいと言うんだ。お前らの意見を聞いてから、決めようと思うのだが」

「ノエルがそうしたいのなら、我々は構いませんよ」

「今まで通り、僕が身の回りの事をするよ」

「僕も手伝うー!」

「何か問題があるのですか?」

「それが、ツアーにも参加出来るって言い出してな。自分に会いたがっているファンに申し訳ないと」

「それはー……そうやって無理をして、骨折に繋がったのに……」


 ゼノは皆の顔を見渡す。


「体は元気だから、気持ちは分かるけど……」


 テオはゼノに習い、困った顔をする。


「少なくとも、日本ツアーは無理だろ。アメリカからなら、なんとかなるんじゃないか?」


 セスもノエルの気持ちは痛いほど理解出来た。


「そうですね、今は安静にしていないといけない時期ですし。ノエルとファンには我慢してもらうしか……代表、トレーナーが付き添えない間は、留守番と説得します」

「ああ、ゼノ、頼んだぞ。難しいだろうがな。もし、ノエルがゴネたら俺の命令だと言え」

「分かりました」


 代表の後ろで、パチンと指の鳴る音がした。


 振り向くと、トラブルが立っている。真剣な、思い詰めた表情で代表を見ていた。


「どうした?」


日本ツアーに参加します。


「トラブル! 急にどうして!」


 テオはトラブルに駆け寄るが、トラブルは代表から目を離さない。


「お前、ノエルに責任を感じているのは分かるが、やめておけ。無理をするな」


無理はしていません。


「テオとセスの負担が大きいと話し合っただろう。しかも、こいつらは舞台上でノエルのフォローもしなくちゃならん」


分かっています。


「分かっている? 一体、何の心境の変化だ?」


ノエルの手は2本骨折していました。してはいけない動きをすれば、ねじれや変形の原因になります。専門知識がないと防ぐのは難しいです。


「日本にだけ行かせないつもりだが?」


私が同伴するので、参加は可能です。


「……何とも言えんな。セス、どう思う?」


 代表は、リーダーのゼノには決めかねると見抜いていた。


 あえてゼノが信頼を置く、セスに聞く。


「ファンの前でノエルのフォローはする。トラブルのフォローはテオがすればいい」

「テオ、出来そうですか?」

「え、う、うん。でも、どうして……」


 ゼノはテオの肩に手を置き、トラブルを見て言う。


「2人で話し合った方がいいですね」


「監督、コンシーラーの塗り過ぎで口が痛い。休憩をくれ」


 セスは口を押さえながら監督に向かって言い、休憩時間を確保した。


「コンシーラーの塗り過ぎって何だよ。そんな嘘付かなくても、休憩時間くらいやるさ」


 代表は、そう言いながら、セスに顔を近づけて、口元を見る。


「怪我してるのか? お前も誰かとぶつかったのか? まったく、気を付けろよ。じゃあ、テオ、話し合いの結果を連絡してくれ」


 代表はすれ違いざまに小さくテオに耳打ちした。


「2本折れてたと知っている理由を聞き出せ」


 え⁈ と、テオが振り返った時には、代表はすでにスタジオを出て行っていた。


 トラブルは、微動だにせずテオを見ている。


「トラブル……」

「テオ、医務室で話をして来なさい。セス、ジョン、控え室に戻りますよ」


 それぞれ、ゼノの指示に従いスタジオを後にした。


 医務室に向かい歩くテオは、トラブルの背中を見ていた。


(酔っ払って叫ぶほど、無理って言っていたのに……セスと何があったの? 折れてた本数を何で知っているの……?)

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