第355話 会いたい人


 マネージャーは肩を落としたまま続けた。


「ゼノが帰って来なかったのはチョ・ガンジンが厳しかったからですか?」

「厳しいなんて、そんななまやさしい人ではありませんよ。監視して絶体服従を求めて来ました。当時は韓国社会に馴染めない自分のせいかもと悩みましたが、今の話を聞いて、ノエルが壊されなくて良かったと心から思いますよ」


 ゼノはマネージャーと同じ様に肩を落とす。


「ゼノー、気にしないでよ。チョ・ガンジンさんは、すぐにいなくなったし、僕は平気だったからさー」


 ノエルは髪をかき上げる。


 セスはいつもの様に鼻で笑った。


「ゼノは行動で反抗を示し、俺は相手にしなかった。ノエルは怒っている奴を面白いと言って退け、テオとジョンに手出しは出来ない。さぞ、苦々にがにがしく思ってただろうな」

「思っていたねー。いつも、どうやって罰を与え様かって考えていたもん」

「もんって……ノエル……」

「テオもマネージャーも、そんな顔しないでよー。僕は平気だよ? でも、他の子には耐えられないかもね」


 ゼノは顔を上げた。


「そうですね。耐えられなくて辞めた子もいるのではありませんか?」

「……います。しかし、理由は練習が厳しいとか実家の都合とか……マネージャーのせいだなんて誰も言っていないんですよ!」

「マネージャー、自分を責めないで下さい。あなたの責任ではありませんよ」

「しかし! 一緒に仕事をしていて……何を見ていたのか。何故、分からなかったのか……」


 セスが再び鼻で笑う。


「ふんっ。同僚にも気付かれないなんて、子供相手によほど上手くやってたんだな。横領は大した額じゃないから発覚しなかったんだ。頭はイイかもしれないが小者こものだな」


 ノエルは笑いながらうなずく。


「マネージャーは上司じゃないの? チーフマネージャーだよね?」

「はい。しかし、上司ではありません。マネージャーは課や部がなく、どこにも所属していません。なので、問題が発生した場合は代表に判断してもらっています」

「ふーん、代表直属って事かー。一番大変そうな仕事なのに相談相手が代表って、さらに大変だね」


 ノエルのねぎらいの言葉を肯定こうていするわけにもいかず、しかし、思わずグチを言いたくなる。


「はぁ……ゼノが我々に反発していた時、代表に相談して帰って来た言葉は『そうだろうな』でした……」

(第2章第97話参照)


「え! 初耳ですよ!」

「あの時は本当に大変でした……」

「う。申し訳ないと思っていますよ」

「はい……ん? あの時もチョ・ガンジンはいましたよね?」

「いましたよ。俺の言う事を聞けば成功者になれると意味不明な事を言っていましたが」

「それ、俺にも言って来たぞ」

「セスは何て返事をしたのですか?」

「“バカか”」

「やっぱり。間に受けた子供は言う事を聞いたでしょうね。そして、辞めるまで追い詰められる」


 テオは眉間にシワを寄せる。


「可哀想……」

「そうですね。代表とトラブルとユミちゃんが決定的な証拠をつかんでくれる事を祈りますよ」


 控え室のドアがノックされ、ソヨンが顔を出した。


「皆さん、そろそろメイクを始めさせて下さい」

「はい、分かりました。さあ、行きますよ」

「はーい」


 5人はメイク室に入る。


 鏡に向かうノエルに、ソヨンは話しかけた。


「あの、ノエルさん。腕の調子は良いと聞きました。……良かったです」


 頬を赤らめるソヨンに、ノエルは気のない返事を返した。


「うん、どうも。始めてくれる?」

「あ、は、はい……」


 ノエルの素っ気ない態度に、ゼノが目を見開いて、セスに合図を送った。


 セスは鼻で笑う。


「また、ノエルの悪い癖が出たな」

「本当に。全く、何を考えているのやら……」

「口出しするなよ」

「分かっていますよ。分かっていますがー……」

「ゼノ、やめておけ」

「分かっています」


 ゼノとセスの会話を聞いて、テオはノエルを見る。


「ノエル、何かあったの? 何か変だよ?」

「あのね、不思議な事があったんだよ」


 ノエルはソウルのオリンピック公園での出来事を話した。


 小鳥や大樹たいじゅの声を聞いた事、色と形の感情を感じた事。ノエルはその時の情景を思い出しながら、興奮して話して聞かせた。

(第2章第341話参照)


「ね? 不思議でしよ?」


 テオは、目を輝かせる幼馴染に、気のせいではないかなどと否定する事は思いもしない。


 兄弟の様に育った大好きなノエルの言う事は、なんでも受け入れた。


「セスみたいに、いろいろな事が分かる様になったの?」

「それが違うみたいなんだ。その時だけだったんだよ。今は聞こえないんだ。もう一度、会いたいなぁ」

「会いたい?」

「うん。あの、色と形の感情に、もう一度触れたいんだよ」

「今、会いたいって……」

「うん、女の人だったんだ。その人の近くにいたから、小鳥の気持ちが分かった気がするんだよ。もう一度会って確かめたいなぁ」

「ノエル……その人の事、好きになったの?」

「え? 会いたいだけだよー。会いたい会いたいって思っていれば会えそうじゃない?」

「うん……そうだね、きっと会えるよ」

「ありがと」


 ゼノは小声でセスに聞く。


「……セス、どう思います?」

「さあな、分からん。ただ、ノエルの興味がソヨンかられたって事は確かだな」

「ノエル……まったく……」

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