第4話 過去


 ジョンの一言にメンバー達も、そうだと口々に言う。


 パク・ユンホは、うーんと腕を組み直し「どこから話せばいいかなぁ」と、天をあおいだ。


「彼女との出会いは、ある才能豊かな若者と出会った事から始まる……」


 ゆっくりと言葉を選びながら話し出す。


「数年前、私はカメラマン養成所の講師を頼まれてね。その時、ある若者に注目した。その若者が撮る写真には、被写体が神に愛されているかのごとく幸せそうに写っていた。それが、風になびく雑草や、道端の一輪の花であっても、楽しそうに、幸せそうに写るのが不思議でね。私はおおいに、その若者に興味を持ったのだよ」


 パク・ユンホは水をひと口飲んだ。


「当時、私は新人女優の写真集の依頼が来ていたのだが、コンセプトが私のスタイルと違いすぎると断ろうとしていた。私は、彼なら最高の写真が撮れると事務所側に推薦した。写真集は評判になってね。異例の売り上げを記録して、その女優は成功したのだよ」


 ノエルが手を挙げた。


「その写真集、実家にあります! 背表紙がいいんですよねー」


 パク・ユンホは微笑みながら続ける。


「彼の成功を祝い、パーティーが開かれた。彼は恋人を連れて来た。彼女はとても美しく、看護師をしていると言った。2人は12月に婚約パーティーを開き、春に結婚する予定だと教えてくれた。皆が2人を祝福し、彼の写真が愛にあふれているのは彼女のおかげだと、すぐに分かったよ」


 パク・ユンホはフーっと息を吐き、また、話し出す。


「12月のある日、彼女は暴漢に襲われた。彼は彼女をかばい、刺されて命を落とした。彼女も大怪我を負い、病院で目を覚まして彼の死を知らされた。彼女は叫び、気を失った。それが彼女の最後の声だったそうだ。傷は治り、世間は事件を忘れていった。しかし、彼女の声は戻らなかった。自傷行為を繰り返して精神病院に隔離されていると私が知ったのは事件から1年たってからの事だ」


 ゼノは眉間にシワを寄せた。


「その彼女とは、まさか……」

「そう、トラブルだよ。君達の会社の医務室に看護師のイ・ヘギョンさんがいるだろう? ヘギョンさんは、トラブルの看護大学時代の先生だったんだ。事件後、入院中のトラブルを看病したのも彼女で、身元引受人になっていた。ヘギョンさんは、隔離されたトラブルを救いだそうと、いろいろと奔走ほんそうしたが難しく、私に連絡して来たんだ」

「トラブルのご両親は?」

「彼女は捨て子だ。9才まで日本の養護施設で育ち、韓国にもらわれて来たそうだ。彼の親は、彼女のせいで息子が死んだと彼女を責めた。韓国に来なければ息子が死ぬ事もなかったとね。イ・ヘギョンさんから連絡をもらい、トラブルに会いに行った。彼女は……トラブルは白い部屋の中で、拘束服を着せられ、ベッドの上で天井を見ていた。長かった髪は刈り上げられ、見るも無残な姿だったよ……。私は『ここから出たいかね?』と、声を掛けた。彼女は扉に体当たりして来てね。小さな窓越しに私と向き合ったんだよ」


 昼食会場は、しんと静まり返ってパク・ユンホの言葉を待つ。


「その目の力強いこと! 1年隔離されていても、まだ頭は正常で救えると確信した。『私の言う事を聞かないと、ここに戻すぞ』 私は彼女を脅した。トラブルは、私を観察して少し考え、小さくうなずいた」


 パク・ユンホはパンッと手を叩き、明るい口調に変えて語り続ける。


「イ・ヘギョンさんと彼女に必要な援助体制を整えて退院の手続きを行うと、精神科の医師や看護師は口々にやめた方がいいと言うんだ。『着替えの為に少し拘束服を緩めるとすきをつかれて指を折られた』『安定剤を注射したらケイレンを起こし、ドアを開けて医師を呼ぼうとしたら蹴飛ばされ、脱走して、結局、安定剤が効いてきて取り押さえる事が出来た』などなど……彼女の分厚いトラブルリストを見せてくれたよ」


 パク・ユンホは思い出して「ハハハー!」と大笑いする。


 メインアシスタントのキム・ミンジュが苦々しく口を挟んだ。


「退院して来てからのトラブルのトラブルリストは、月に届きますよ」

「上手い表現だ!」


 パク・ユンホの笑い声がさらに高くなる。


 キムとアシスタント達は(やれやれ……)と首をすくめた。


 メンバー達は、まったく笑えないでいた。


 特に真剣に聞いていたセスが「だったら、尚更なおさらのこと大道具スタッフと一緒は、まずいんじゃ……」と、言い出す。


 セスは、あのリゾートホテルでの一件をメンバー達に説明した。


「だから、あの後のセスの様子がおかしかったのですね?」


 ゼノは納得したとうなずく。


 パク・ユンホは、唐突にセスに聞いた。


「君が隔離病棟にいた期間はどれくらいかね?」


 セスは体を硬くする。そして小さな声で答えた。


「2週間です……」


 始めて聞くその言葉に、メンバー達は驚きを隠せず、顔を見合わせた。


 パク・ユンホはセスだけを真っ直ぐに見ていた。


「そこに1年いたら、どうなっていたと思う?」

「……気が狂ってた」

 

 パク・ユンホは「その通り!」と、手を叩く。


「トラブルは気が狂っているんだよ!」


 さも楽しそうに目を細めてセスに話し掛ける。


「気狂いに正論や常識は通用しない。だろ? 好きにさせて、自分で道を見つけさせるんだ。いじめられようが傷つけられようが、本人が大道具に弟子入りしたいのなら、いいじゃないか!」


 セスは戸惑いながら代表を見た。


「それで、怪我をしたりさせたりしたら会社の責任になる」

「それは困るなー。彼女は美人だし大道具は全員ゴツい男だからなー。万が一って事もなー」


 パクが笑いながら言う。


「君達が守りたまえ。スターのお気に入りなら、簡単に手は出せないだろ? トラブルは君達が気に入っているようだし」


 キム・ミンジュが、そうだと、顔を上げた。


「そういえば、そうですね。確かに出たがらないトラブルが、この現場には素直についてきますね」


 代表は「お」と、膝を打ち、ある提案をした。


「メンバーの医療チームを作るのは、どうだろうか? 前から現場に医療従事者を置きたいと考えていたのですよ。メンバー達のスポーツトレーナーと看護師のチームで、会社の健診も手伝ってもらえればイ・ヘギョンさんも助かりますし」


 その提案に、パク・ユンホは首を振って反対をした。


「それでは大道具の仕事が出来ないだろう? それに、私はトラブルを手放す気はないのだよ」


 キム・ミンジュが代表に助け舟を出した。


「トラブルは優秀だから、見ただけで体調を把握はあくしてくれますよ。いつも左足を上にして組んでいるのに、今日は右足を上にしている、どうしたんですか? なんて事、しょっちゅうですもん」

「うーん、では、基本的にパク先生との契約期間中は1日1回はメンバーもて……あ、言うの忘れてたけど年末、台湾でコンサートだから。で、パク先生と契約期間中は特別社員証で出入り自由にして、大道具見習いだから、うちからの給料はなし! と」


 代表は満足気に手を叩く。


「代表、何だか大事な情報が入ってましたけど?」


 青ざめたゼノが、代表の顔を見る。



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