第378話 ダメです。だよねー。


「ダメです」

「だよねー。はい、踊りに行こう」


 ノエルが速攻で気を取り直してジョンの背中を押して歩き出す。


「え〜ん、ゼノのケチー」

「ケチとか、そういう問題ではありません」


 マネージャーがゼノに向かい、小さく舌打ちした。


「何ですか⁈ マネージャーまで! こういうのを止めるのがマネージャーの役割でしょう!」

「いやー、外国にいると、つい……」

「ハメを外すなと言った舌の根も乾かないうちに!」

「いやー……」


 頭をかくマネージャーを見ながら、ゼノはため息をいた。


(私が来なければ、どうなっていたんだか……)


 テオは、歩きながらトラブルにラインを送っていた。


(怪我の調子はどう……今夜はジョンのお供で……えっとー、出掛けるので、遅くなるから連絡はしないね。明日も仕事、頑張ってね。おやすみ。……浮気はしないから……いや、余計な事は言わないでおこう。よし)


「テオー、早くー。歩きスマホは危ないよー」


 ノエルに言われ、テオは「ごめん、ごめん」と、後を追う。


 ア・ユミが案内したクラブは、名古屋の繁華街・さかえのビルにある巨大なクラブだった。


 地下5階すべてのフロアがフリーで出入りができ、有名なDJやアーチストのイベントがある時にだけ、一部が有料になる。


 エントランスの狭さに、不安を覚えながら店内に入ると、まずはジョンが声を上げた。


「うわー! 広〜い!」


 平日にも関わらず、フロアは人で溢れかえっていた。


 ア・ユミはボックス席の代金を人数分払い、席の横にあるコインロッカーの説明をする。


「何か、お飲み物を頼んで来ましょうか? あちらにバーカウンターもあります」


 ア・ユミの提案を無視して、ジョンはノエルとテオの手を引いた。


「早く、早く。踊りに行こうよー」

「待ってよ、ジョンー」


 ゼノが「あまり、目立たないように!」と、叫ぶが、音楽と人々の熱気でジョンには届かなかった。


「元気ですねー」


 ア・ユミがメニューを渡しながらゼノに言う。


「そうですね。2時間のコンサートを終わらせた後とは思えない体力ですね」

「ゼノさんは、踊りに行かないのですか?」

「私は飲んでからにします」


 ゼノとマネージャーはウォッカベースのカクテルを選び、ア・ユミはウーロン茶を頼んだ。


「ア・ユミさん、ダテ・ジンさんは、あまり顔を出さなくなりましたね」

「はい、申し訳ありません。公私混同はいけないと注意はしているのですが、やはり、ノエルさんにお会いするのが苦しいそうで……」

「そうですか……仕方がないですね」

「申し訳ありません」

「いえ、ア・ユミさんが謝らなくても良いですよ。何か飲みませんか? 仕事は終わりですよ」

「あ、はい、ありがとうございます。では、シャンディガフを」

「シャンディガフ? 始めて聞きます。カクテルですか?」

「はい。ビールのジンジャエール割です」

「へー、味見させて下さい」


 3人はカクテルが揃った所で、乾杯をした。


 ゼノの口には、アルコール度数2%のシャンディガフは、ただのジンジャエールにしか感じない。


「ジュースですね。ア・ユミさんはお酒が弱いのですか?」

「いえ、強い方だと思います。友人に酒豪と言われています」

「ええ! あ、すみません。あまりに……その」


 ア・ユミは苦笑いを見せる。


「はいー、飲めなさそうと言われます。いつも」

「では、このカクテルでは物足りないのではありませんか?」

「いえ、これは味が好きなんです。甘苦いような……」


 そこに、ひと踊りして顔を紅潮させたジョンとノエルが戻って来た。


 2人は、それぞれカクテルグラスを持っている。


「あ! ジョン、飲んではいけませんよ!」


 ゼノは東京のホテルで、ジョンを運ぶのがどれほど大変だったか話して聞かせた。

(第2章第335.336話参照)


「その話、もう聞いたもん。これは、ノエルお兄様がイイって言ったんですー。これはー……えーっと、何だっけ?」

「レッドアイだよ。ビールのトマトジュース割り」

「へー、体に良さそうですね」

「アルコール2〜3%だから、ジョンでも大丈夫だよ」

「赤くてカッコいいでしょー。美味しいよ」


 テオもグラスを持って戻って来た。


「種類がたくさんあって、迷っちゃった」

「テオ、その茶色いのコーヒー牛乳?」

「違うよー。カルアミルクだよ」

「ミルク? ちょっと飲ませて」

「え! ジョン! それはダメだよ!」


 ノエルが止める間もなく、ジョンはテオの手を持ち、グビッと飲んだ。


「あー、飲んじゃった……」

「美味しい! 次、僕もそれにするー」

「ダメ。カルーアは度数が高いんだよ。それで15%前後」

「え! ジョン、もう飲んではいけませんよ!」

「何で? 僕、お酒飲めるもん! ほら〜、絶好調〜」


 ジョンはレッドアイを飲み干して、グラスをア・ユミに渡す。


「じゃ、行ってきまーす!」


 ジョンは再びフロアの人混みの中に消えた。


「嘘でしょ? もう、酔ったの⁈ 嘘でしょー!」


 ノエルが笑いながら、ソファーに座る。


「ノエル、笑っている場合ではありませんよ。ノエルも本当は飲んではいけない身ですからね。テオもそんなに強いお酒は飲まないで下さいね」

「え。また、選び直し……」

「テオは大丈夫だよー。普段、ワインを飲んでいるんだから。それよりもジョンがマズいよねー」

「ノエル、笑っていないでジョンを確保しに行って下さい」

「はーい。踊りながら行ってきまーす」


 ノエルは体を揺らしながら、人混みに入って行った。


「テオ、ア・ユミさんは酒豪だそうですよ」

「え、そうなの? 強いなんて羨ましいな。僕は強くならないんだよね」

「普段、ワインを飲まれているのに、ですか?」

「うん。日本に来てから毎晩飲んでるけど2杯が限界なんだ」

「テオさんは酔うと、どうなるのですか?」

「うーん、あまり、変わらないと思うけど……」

「テオが酔った姿は見た事がありませんね」

「うん、寝ちゃうからかな。ベッドに入りたくなるから」

「少しのお酒で寝られるなんて羨ましいですよ」


(テオ、日本に来てから毎晩ですか……それは……)


 ア・ユミがゼノの思考を止める。


「ゼノさんも毎晩飲まれているのですか?」

「いいえ。飲んでも問題は解決しないと気付いてから、習慣の様に飲むのは辞めました」

「問題ですか? でも、嫌な事は忘れられますよね?」

「あー、私の場合は、負の感情がさらに増幅されて落ち込んだまま寝て、朝になっても、まだ、その問題がそこにあるので、さらに自己嫌悪に陥ってしまうのですよ」

「ゼノー、難しい事言わないでよ」

「これっぽっちも難しい事は言っていませんよ」

「もー、ゼノの意地悪」


 テオは口を尖らし、ノエルとジョンを探してフロアに消えた。


 マネージャーがウィスキーのボトルをドンっとテーブルに置く。


「ゼノ、久しぶりに飲み明かしましょう。ア・ユミさんも無礼講ですよ」


 3つのグラスに氷とウィスキーを注ぐ。


「ア・ユミさん、このマネージャーの肝臓は無限にあるのですよ」

「無限⁈」

「ウィスキー用、焼酎用、マッコリ用、ビール用、ブランデー用、ジン用、ラム用、清酒用、ウォッカ用、テキーラ用……」


 マネージャーが指を折って数え始め、ゼノが笑いながら止める。


「ようは、酒を飲んでも飲んでも代謝してしまい、一向に酔わないって事ですよ」

「ええ! お強いのですね!」

「私にとって、酒は水です」

「ええ! すごい!」


 ア・ユミの熱い視線を浴び、マネージャーは顎を上げてドヤ顔をする。


 ゼノは鼻で笑いながら「なら、水を飲んでいれば安く済むじゃないですか」と、グラスを挙げる。


 マネージャーとア・ユミはゼノのグラスにグラスを合わせ「乾杯」と、飲み干した。

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