第48話 セスの部屋


 セスはトラブルの腕を離して部屋の真ん中で振り向いた。


 トラブルはそのまま微動だにせずにいた。


 セスはトラブルを見る。しかし、トラブルは目を合わせず床を見てセスの言葉を待っていた。


「俺達はこんな記事に振り回されない。少しの事を大きく書く奴らは、真実かどうかなんて確かめもしない」


 セスはスマホを振ってみせた。


「でも、それで家族を養っている奴もいる。だから目先の記事ではなく、その周りの人を思って気にしないようにしろ。身近にいる人にだけ分かってもらえればそれでいいんだ。お前なら理解できるだろ?」


 トラブルは手話で言う。


代表の言葉のようです。


「はっ! バレたか。実はデビューした翌年、テオに熱愛報道が出て、大変だったんだ」


 セスは足を組んで座った。


「相手は年上の女優で、テオの人懐っこさを利用して写真を撮らせたんだよ。テオはしばらく人間不信に陥って本当に大変だった。で、代表の言葉で救われた」


 セスは優しく言う。


「トラブル、気にするな。それとも俺達と一緒にいない方がいいか?」


 トラブルはセスの足元を見て考えていた。


 セスの部屋はモノトーン調で物が少ない。インテリアはパソコンの横に置かれたサボテンと、メンバー達からの誕生日カードだけだった。


 テオの部屋とは対照的だ。しかし、冷たい感じはしない。


 気に入った物を愛着をもって長く大事に使っているのが見て取れた。


 長い沈黙のあと、トラブルはゆっくりと手話で話す。


契約は終わります。パク・ユンホに仕事の依頼が来ない限り、あなた方と会う事はありません。


 セスは驚く。


「ユミちゃんは? カン・ジフンさんは? 友達になったんじゃないのか? テオは? あいつは人懐っこいけど、実はいつも人の顔色を伺っているんだ。ノエル以外で、こんなに気を許しているのはトラブルだけなんだぞ。それでも、契約だ仕事だって言えるのか?」


 トラブルは、分からないと、手話をする。


仕事で出会い、仕事で気が合ってもそれは仕事であり、仕事が終われば終わる関係です。


 セスは信じられないと、手話を聞き続ける。


 トラブルは続けた。


私の仕事……看護師の仕事は誤解されやすいです。親身になって世話をすると好意を抱かれる方もいますが仕事だからです。病気が治れば……さよならです。


「バカかっ」


 セスは部屋のドアを閉めた。


「違う。違うぞトラブル。仕事でも仕事じゃなくても気の合う人と出会うのは、ほんの一握りなんだ。その、ほんの一握りの人を大切にするんだよ」


 トラブルは床を見たまま動かなかった。


「お前が1人でいられるのは、お前と気の合う奴が1人にしてくれているだけなんだよ。本当は1人じゃないんだ。分かるか?」


 床を見て少し首を傾けた。それを見たセスの口調が強くなる。


「なんで、分からないんだ! テオもユミちゃんもお前が連絡先を教えたくないと思っているから聞かないだけで、本当は知りたいと思っているんだ。いつでもトラブルを待っているんだよ。いつも頼りたいし、頼ってほしいんだよ!」





 少し前、リビングでは、ノエルとゼノとジョンの耳に、セスの「バカかっ」の声が聞こえて来ていた。


「セスが怒ってるよ……」と、ジョンが不安な顔を見せる。


 ノエルは「そうだね」と、言いながらジョンと2人でセスの部屋のドアに耳を張り付けた。


「こら、こら」と、リーダーのゼノは2人をドアから引き離す。


「取っ組み合いでも始まったら止めようと思ってさー」


 ノエルは髪をかき上げる。


「何か作戦を考えた方がいいかも」

「え、ノエル、作戦とは?」

「トラブルが帰らない作戦だよ。テオの具合もまだ良くないし」


 うーむと、ノエルは顎に手を置いて思案する。


 そして、思い付いたとニヤリと口角を上げた。


「悪い顔になってますよ。ノエル」

「黒ノエルが見える〜」

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