第261話 ご飯はキチンと食べましょう


「ねぇ、今までも、ずっと1人で我慢していたの? 僕に隠しておくつもりだったの?」


いいえ。ここ数年、体調は良かったのですが……おそらく、一人暮らしを始めて食生活が乱れたのが原因だと思います。


「食生活が乱れたって?」


カップラーメンだけにしたり、面倒だと1日1食チョコレートケーキだけだったり。


「そんな事してたの⁈ 倒れるに決まってるじゃん!」


お手伝いさん様々さまさまです。


「もう、100パー、セスにバカって言われるよ」


そうですね、バカです。


「死んじゃうと思ったよ……」


ごめんなさい。もう大丈夫です。


「大丈夫じゃないのに大丈夫って答えないでよ……僕、信じちゃうんだからさ……」


ごめんなさい。


「謝らないでよ。僕、本当に絶対、トラブルを失いたくない。泣く姿も辛そうな姿も見たくないよ。でも、隠さないで。2人一緒なら、泣くの半分、辛いの半分でしょ?」


(泣くの半分……?)


はい、分かりました。


「本当に分かってくれた?」


(たぶん……)


良く、分かりました。


「ケーキ食べれる? 何でケーキが鉄分なの?」


チョコレートは鉄分が豊富です。


「そうなの⁈ だから、いつもチョコレートケーキなの?」


いえ、単に好きだからです。


「もうっ。何でもいいから食べられる物を食べて」


テオ、そろそろスタジオに戻った方がいい。


「う、うん……今夜は宿舎に泊まりにおいでよ。そんな調子じゃ、また、カップラーメンかチョコレートケーキの夕飯になっちゃうよ」


……家に帰ります。夕飯はきちんと食べます。仕事に戻って下さい。


「分かったよ…… あと、して欲しい事は?」


このソファーを元に戻して下さい。


「了解。あとは?」


ハグして下さい。


 トラブルは両腕をテオに伸ばす。


 テオは周囲を見回して、トラブルを抱き上げ、診察台に座らせた。


 トラブルは「?」と、テオを見る。


「だって、あそこは外から見えちゃうから。眩暈めまいはしない?」


はい。


「良かった。じゃ、こっちに来て」


 テオはトラブルの横に座り、ギュッと抱きしめる。


「……この感じ、久しぶりだよね」


 トラブルはテオに身を任せてうなずいた。目をつぶると、すーっと眠気が訪れる。


 テオはトラブルを片手で支え、頬をでながら、顔を上げさせる。


 真っ白い肌で、薄っすらと目を開けるトラブルを見つめ、テオはゴクリと唾を飲み込んだ。


 顔をかたむけ、半開きの白い唇に近づく。


 しかし、テオの唇が触れる前に、トラブルは枝垂しだれかかって来た。


 トラブルの全体重がテオの胸にのし掛かる。


「トラブル?」


 テオが体を引くと、トラブルはそのまま診察台に倒れ込んだ。


「トラブル!トラブル!」


 テオはトラブルの肩を揺するが、トラブルの反応はない。


(どうしよう! 誰か……!)


「足を上げて!」


 鋭い声にテオが振り向くと、そこには、すでにトラブルの両足を持ち上げるゼノがいた。


「ゼノ!」

「テオ、トラブルの足を持っていて下さい」


 ゼノは、そう言うとソファーのクッションをつかみ、トラブルの足の下に入れた。


 反応のなかったトラブルが、ふーっと、息を吐いた。


 ゼノは、手慣れた様子でトラブルの血圧を測る。


「低いですね」

「ゼノ、何で……」


 なぜ、ここにいるのかと、なぜ、そんな事が出来るのかと聞く。


「ノエルに聞いて来ました。私の母も貧血と低血圧に悩まされていましたからね。対処法は知っているつもりです」


 トラブルが目を開けた。


「意識が戻りましたか。ノエルに聞いた話よりも重症ですね。イム・ユンジュ医師は何と言っていましたか?」

「えっと、毎日、注射を打つ事と、しっかり食べさせろって。あと血圧が100以上じゃないと立ち上がって……あれ? 座って? は、いけないって」

「座って、血圧が100以上でないと、立ち上がってはいけない……ですかね?」

「うん、そうそう」

「困りましたね……」


 リーダーの心配は、あくまでも仕事の事だった。


「テオ、実は、また変更事項があるのですよ。だからスタジオに戻って欲しいのですが……これでは、離れられませんね」

「うん……」


テオ。


「何? トラブル」


仕事に戻って……。


「でも……」


もう少し、気分が良くなったら起き上がってみます。だから……


「ダメだよ。あっちから、こっちに来ただけで、こんな事になっちゃったんだよ? せっかく良くなり掛けていたのに、僕が座らせちゃったから……」


寝ていればなおります。だいぶ、良くなって来ました。仕事に行って下さい。


「でも……」

「トラブル、トラブルがここにいてはテオは集中出来ません。誰か迎えに来てくれる人はいませんか?」


 ゼノは、少し語尾ごびを強めて聞いた。


 トラブルは、首を横に振る。


 ゼノは大きく息を吸い込んで、一気に言った。


「親御さんは? 3番目のお母さんはソウルにいないのですか?」


 トラブルの顔が強張こわばった。

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