第248話 ア・ユミとオ・ユミ
日本ツアーを5日後に控え、日本人スタッフ2名が来韓した。
主に、現地でのメンバー達の世話をするコーディネーターの役割を担う2人は、ノエルの骨折を受けて通常より早くツアースタッフに合流する事になったのだった。
代表は社内を案内しながら2人を紹介して回る。
メイク室で、代表はユミちゃんを捕まえた。
「おい、ユミ。お前と似たような名前の日本人だぞ」
「始めまして、
佐瀬木は流暢な韓国語で頭を下げる。
「しゃしぇ? 難しい名前ね」
「
「ア・ユミ? 私はオ・ユミよ。ユミちゃんって呼んでね」
「ユミちゃんですか? 可愛いですね」
「いや〜ん、仲良くなれそう。ダテ・ジンは覚えやすいわね」
ユミちゃんは隣で緊張する若い日本人を見上げた。
「
「お願いです?」
「彼は、韓国語の勉強中なので申し訳ありません」
歩美がフォローを入れる。
「あら、そうなの。背が高くてイケメンじゃなーい」
『ユミちゃんが、イケメンだって』
ア・ユミこと、歩美がユミちゃんの勢いに押されながらも日本語で伝える。
「ありがとごじゃいます」
「可愛い〜。でも、私は日本には行かないのよ。ソヨンが……あれ?どこに行った?」
「医務室に絆創膏を
メイクスタッフの1人が言う。
「あら、じゃあ、私がトラブルの所に案内してあげる。え、代表も来るの?」
「はいはい。終わったら連絡してくれ」
代表を追い払ったユミちゃんは、2人と腕を組んで「こっちよ〜」と、医務室に向かった。
トラブルと会える口実が出来たユミちゃんはルンルンだ。
そんな裏事情を知らない日本人2人は、初対面で、しかもクライアント側のスタッフに腕を組まれ、大人しく従うしかない。
『先輩、韓国の方って、こんなに馴れ馴れしかったでしたっけ?』
『ううん、この方は特別みたいね』
「何よー、日本語でコソコソしないで。あ、日本にノエルに付き添う看護師は、トラブルって言うんだけどね、日本語が分かるから安心して」
『日本語の分かる看護師さんですって』
『それは、有り難いです』
『お名前が聞き取れなかったけど……』
「トラブルー!」
ユミちゃんはノックもせずに、医務室のドアを開けた。
ソヨンがトラブルに、絆創膏を貼って
「ソヨンが怪我をしたの?」
「そうなのですー。カミソリで切ってしまいました」
「気を付けないとー。ソヨン、こちらコーディネーターのア・ユミさんと、ダテ・ジンさんよ。日本に同行するチーフメイクのソヨンよ」
歩美と伊達は深々と頭を下げる。
「始めまして。
「
「韓国語、勉強中なんだって。イケメンよねー。ダテ・ジンは覚えやすいでしょ? こちらは、ア・ユミって呼べばいいわ」
「いいわって、ユミちゃん……よろしいですか?」
ソヨンは礼儀正しく歩美に許可を取る。
言葉に不自由はないとはいえ、新人の伊達を連れて、実質、単身で仕事をする事になる歩美は、人の良さそうなソヨンにホッとした。
「勿論です。呼びやすい様に呼んで下さい。あの、そちらはー」
ア・ユミと呼び名が決まった歩美は、白衣のトラブルを見て聞く。
「トラブルよ。同行する看護師よ」
「トラ・ブルさん? 珍しい……」
「ヤダー! 違うわよー。トラブルは、あだ名なの! 本名はー……えーと、なんだっけ?」
トラブルは苦笑いをして、ユミちゃんを見る。
「もー、ユミちゃん、愛するトラブルの本名くらい、覚えていて下さいよ。ミン・ジウさんです」
「愛する⁈」
ア・ユミは驚いて、ユミちゃんとトラブルを見比べる。
「ヤダー! ソヨン! 愛するなんて言葉じゃ足りないわよー! 真実の? 魂の? 全身全霊をかけて? えーと、後はー……」
「ユミちゃんはトラブルの大ファンなんで、時々、おかしくなりますが気にしないで下さい」
「はぁ……」
訪韓して初日に頭がいっぱいになる経験は始めてだった。
ア・ユミはダテ・ジンにトラブルを紹介しようとするが、ユミちゃんの勢いに押され、名前を忘れてしまった。
トラブルに、すまなさそうに笑顔を向けて聞く。
「あの、申し訳ありません。もう、1度、お名前をー……」
「ミン・ジウさんです」
ア・ユミは、トラブルではなくソヨンが答えた事に驚きを隠さなかった。
端的に正確に言う。
「トラブルは、話す事が出来ません。耳は聞こえるので、話しかけて頂いて構いません。手話か筆談で答えます」
「あ、そうでしたか。手話は使えないので筆談でお願いします」
トラブルはメモを書き、ア・ユミに渡す。
《始めまして。トラブルと呼んで下さい。その呼び名で、皆も私も慣れていますので。ノエルは東京公演の後、受診のために一時帰国をします》
ア・ユミは、そのメモを見て驚いた。
『見て、伊達くん! 日本語よ!』
『うわ、しかも、綺麗な字ですね。え? 日本の方ですか?』
トラブルは再びメモを書いて見せる。
《9歳まで日本にいました。日常会話ならば支障はありません》
『ししょうって書けないかも』
トラブルはダテ・ジンの言葉に上を向いて笑う。
「ちよっとー、私のトラブルと話込まないでよ。さ、次に行くわよ!」
ユミちゃんはトラブルとハグをして、日本人2人を引き連れて出て行った。
真ん中のユミちゃんに腕を組まれ、ダテ・ジンが小声でア・ユミに話す。
『日本語が分かる方で、助かりますね』
『こら、それじゃあ勉強にならないでしょ』
『しかし、綺麗な方でしたねー』
『ユミちゃんに聞かれたら契約解消されちゃうかもよ』
『失業は困ります』
「こっちはねー、スタジオなの。メンバーの番組を見た事ある?」
「勿論です。うわー、本物ですー!」
「すげー!」
一方のソヨンは時計を見ながら、心配顔でトラブルに聞く。
「そろそろ、会議室で全員の顔合わせですよね。ユミちゃん、時間、分かっているかしら……?」
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