第53話 思い出話


 3週間後。


 写真集のサンプルが届けられた。メンバー達はマネージャーに言われる前に包装を破く。


 ページを開くと体育館のバスケシーンから始まっていた。


 ノエルが口を開く。


「この時はジョンのゼッケンを着けてバスケしてたよね」

「男の人だと思いましたよ」

「すごいジャンプしてたよね」


 ページをめくって行く。


「このホテル。このプールに落ちたんだよね」

「セスが飛び込んだんだよね」

「あの時は驚きました」

「プールの底で……」


 セスは写真集から目を離さずに話した。


「プールの底で目が合ったんだ。水が怖いってパク先生から聞いていたから驚いた。プールの底から、ただ水面を見て……助けが来なければ、そのまま沈んでいるつもりだったのかも……」


 ゼノは以前話してくれたセスの過去を思い出す。


『いつ死んでもいい。死を恐れていない自分』


 テオは話しに参加せず、何かを探すようにページをめくっていた。


「どうしたの?」

「ううん、何でもない……」


 ジョンが無邪気に「どこかに写ってないかなー」と、ページをパラパラとめくり出した。


「もしかして、テオ。トラブルを探していたの?」


 ノエルの言葉にセスは「そんな写真、パク先生が採用しないだろ」と、鼻で笑う。


「そうだよね……」


 テオは力なくうなずいた。


「これ、台湾だよ」

「懐かしいですね」

「ノエルのシルエットダンス、超カッコ良かったよ!」

「ジョン、サンキュー。あの会場すごく音響が良かったと思わない? セス」

「ああ、歌いやすかったな」


 観客席の監督の横で、大笑いしている自分達の写真を見て、ゼノが「これは、トラブルが片手懸垂をした時のですね」と、指差した。


「そんな事もあったねー」


 ノエルは髪をかき上げる。


「ほら、ほら、こういうスタッフが写り込んでる写真。 あ、ユミちゃんがいる! トラブル、いないかなー」


 ジョンは探し続ける。


 テオはあの2日間を忘れる事など出来ない。


 朝、目覚めたらトラブルがいた事。背中にクリームを塗ってくれた事。自分と同じ顔。トラブルのダンス。事故……。


 思い出すだけで胸が締め付けられる。


(こんなにも僕の中にいるのに…… )


「……トラブルはいないよ」


 テオはつぶやく。そんなテオの肩をノエルは抱いた。


 ページは歌謡祭に移る。


「懐かしいですねー」

「この時は大変だったな」

「トラブル、変装したのに余計に目立っちゃってたよね」


 ノエルが笑う。


「あれは、テオが悪い」


 セスがテオを見て言うと、テオは本気でショックを受けた。


 目がみるみる潤んでくる。


「悪い、悪い! 冗談だよ! バカッ、泣くなよ。いつものテオ語でいい返して来いよー」


 テオはぷいっとして、ノエルの肩に甘える。


「お兄さんが悪かったってばよー」


 セスはテオの背中をさする。


 歌謡祭のメンバー達の集合写真は、今までの写真と違い、真剣な表情で気迫に満ちていた。


 強い光と濃い影。


 パク・ユンホの真骨頂だ。


「パク先生はやっぱりすごいですね」

「飾っておきたくなるもんね」


 1人1人の写真も、いつになくセクシーで別人の様に写っている。


「ジョンは完全な詐欺だな」


 セスが写真と本人を見比べて言う。


「どういう意味⁈ 」

「この写真、大人の男に見えるぞ」

「この後、プリン3個一気喰いしたとは誰にも想像出来ませんね」

「僕は、もうすぐ大人です!」

「衣装にプリンこぼしてユミちゃんに怒られたくせに」


 ジョンは、ぷーっとふくれている。


 今日のセスは、いつもより皮肉屋だ。





 次のページをめくると、全員が、なんだこれ?となる。


 さっきの集合写真と同じ写真だが、気迫に満ちた表情と違い、全員が力が抜けたように笑っている。


 ノエルが気が付いた。


「あっこれ、トラブルが付箋ふせんを貼った時だ!」


「ああ、カメラにですねー」

「この時は僕達、トラブルをスタジオから追い出すところだったんだよね」

「パク先生に助けられましたよね」


 ページを進めると、2ページぶち抜きでセスの写真が現れた。


 雪景色の中、ミントブルーの頭が上を向き、降る雪を受け止めている。


「セス、美しいですね」

「あいつが雪を降らせてくれたおかげだ」

「で、風邪を引いたんだよねー」


 ジョンが皮肉を込めて言う。


「このゼノ、足が長く見えすぎでしょ」

「シルバーの髪、似合うね」

「ノエル、羊の皮かぶりすぎだよー。すごく可愛く見えるよー」


 末っ子のジョンがノエルの写真を指差した。


「可愛いんですー。パク先生は僕の本質を写してくれたんですー」

「いや、隠してくれただろ」


 セスの言葉に皆で笑い合う。


「この僕、カッコいい!」

「ジョン、自分で言う?」

「バイクがだろ」

「このバイク、知り合いから譲り受けたとは、亡くなった恋人の事でしょうか…… 」

「たぶん、そうだろうな」


 テオの写真。


 真っ赤に染まる空と白い衣装。カメラに迫る、緑と赤の髪の連続写真。


 微笑みは、やがて挑発的になり欲情に変わる。


「テオじゃないみたい」

「セクシーですよ」

「エロい」

「これか!この表情でトラブルが……あー、今、分かったよ」


 ノエルが髪をかき上げた。


 ノエルは自分の部屋でのトラブルとの会話を話して聞かせた。


 最後のメモの事は……言わなかった。


「僕の顔が怖かったって事?」

「違うよ。トラブルって男嫌いな所あるでしょ。テオに男を感じて避けてしまったんだよ」

「台湾で同じ部屋で寝てたじゃん」


 ジョンが首を傾げた。


「男と見られてなかったな」


 セスがフッと鼻で笑う。


「信用されてたんですー。それに、僕は女の人をそういう目で見ません」


 胸を張るテオ。


「子供ー」


 ノエルは呆れた顔をして髪をかき上げる。


 ゼノがボソッと呟いた。


「代表も言っていましたが、トラブルはなぜ自分達に、なついてくれたのでしょう。契約以上の仕事をしてくれましたよね」


 最後のページ。


 会社名、スタッフ名、関係各所へのお礼、パク・ユンホの名前と、カメラアシスタントの名前が並ぶ。


 当然、トラブルの名前はない。


 1番最後、小さく、絵の写真が載っていた。テオは、すぐそれに思い当たった。


「これ僕の絵だ! トラブルにあげた僕の風景画だよ! すごく気に入ったみたいだから、あげたんだ!」

「その絵、知らないよ?」

「うん、ずっと前ので誰にも見せてない」

「では、トラブルがテオだけに、分かるようにしるしを残してくれたのですね」


 ゼノがしみじみとして言う。


 テオは、その小さな写真をそっと指でなぞる。


「うん。トラブルはここにいた。しるし、伝わったよ。ありがとう……」

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