第486話 養父の墓


「こら、恩人に向かって。なに、ひいてんだ」

  

 驚くトラブルを尻目に、代表はカップ酒を開けて墓の前に置く。火のついた線香を立ててから地面に手を付いて頭を下げ、3回お辞儀をした。


 そして、カップ酒をひと口飲む。


「ほら、お前も」


 代表は場所をトラブルに譲り、墓参りをする様にうながした。


 トラブルは恐る恐るパク・ユンホの墓に近づく。


(ここに……この下に……)


 トラブルは盛土もりどを見下ろしたまま、動けなかった。


「何だよ、火葬されて灰になってかれたとでも思っていたのか? キム・ミンジュが墓守はかもりをしてくれているんだ。ほら、お前も『今までの悪行の数々を許して下さい』と、頭を下げろ」


 トラブルはジロリと代表を見る。


(あのね、急展開に付いて行けてないのに、そんな冗談、笑えません)


「笑えよ。パク・ユンホなら大笑いする所だぞ。にぎやかなのが好きな人だったからな……」


 代表はトラブルと並んでパクの墓を見下ろす。

 

「いつも、時期をずらして来ているんだ。俺は、身内ではないから……親父の墓参りにも行かない親不孝者が、この人の墓には来たくなるんだよ。話をしたくなる……」


 真剣な眼差しで、しかし寂しいと、その目は語っていた。それは、トラブルも同じ気持ちだった。


 励ますつもりはないが、墓参りなどをせずとも、いつも、その見えない存在を意識していた結果を伝える。


何を話しても、笑い飛ばされるだけです。


「そうだな……俺が親父の犯罪を暴露しようとした時も笑っていた。自分の身も危なかったのに、何がおかしかったのか……いつも、何でもない顔をしてヘラヘラと…-」


亡くなる直前も『こんな感じか』と、笑っていました。


「そうか、最期さいごも笑っていたか。お前が看取みとったんだったな……」


はい。


「1つ気になっていた事が……パク・ユンホの最後の写真……お前とテオの写真は、どうなったんだ?」

(第1章第54話参照)


あれはー……データで私の家にあります。


「そうか、お前に渡したのか」


はい。『白の写真』と、タイトルが付いていました。


「白の写真……いいタイトルだ。内容は?」


……2人の……2人が並ぶ写真です。


「ふん、そうか……お前は、お前の親父の墓参りはした事があるのか?」


 突然の問いに戸惑う気配も見せず、トラブルは打って変わって冷たく手話を見せる。


父親ではありません。里親です。


「その里親の……」


ありません。葬儀をしたかも知りません。


「そうか。お前の里親は……ここの墓地に埋葬されている」


(な!)


 トラブルは目を見開いて代表を見た。


「驚く事じゃないだろ。この辺りで1番大きい墓地だ。この先の丘を超えた向こうに、ミン家の墓がある。小さいがな……」


 トラブルは代表をにらみ付ける。


「他意はない。パク・ユンホの下棺げかんに立ち会った際に偶然知ったんだ。行ってみるか?」


 トラブルはにらんだまま答えなかった。


「お前を傷付けた1人だってのは、分かっているさ。だがな、罪は償った。償って死んだんだから……もう恨まなくてもいいだろう? 一目見に行かないか? 戸籍上だけの親だが……死んだんだ」


 トラブルは呼吸を荒くして後退りをした。


 代表は、そんなトラブルの様子を見て、ため息をく。


「無理強いする気はない……まあ、いい機会だと思っただけだ。帰るか」


 代表はパク・ユンホの墓に一礼をして、背を向けた。


 来た方向に歩き出し、ふと、トラブルが付いて来ないと気が付いた。


 トラブルは代表が指差した先を見ていた。


 この位置から見えるはずのない、かつて自分への虐待で逮捕され、獄中死した養父の墓を見る。


 じっと動かないトラブルを見て、代表は方向転換をした。


「付いて来い」


 それだけ言って、養父の墓に向かい歩き出す。


 トラブルはためらい、戸惑いながらも代表の背中に付いて行った。


 代表はこの選択が正しいかは、正直言って分からなかった。墓参りに行く途中に偶然、街中でトラブルを見かけ、ついでに連れて来た。


 そして、ついでに、本当についでに養父の墓を教えた。


 代表も、チラリと見に行っただけで墓参りをしたわけではないが、雑草に覆われ忘れられた墓であると見て取れた。


 2人は無言で芝生の上を歩き続ける。


 トラブルは代表の足元だけを見ていた。


 景色や場所を覚えたくなかった。なぜ、養父の墓に行く気になったのか、自分でも理解に苦しむ。久しぶりにパク・ユンホの話が出来て、感傷的になっているのかもしれない。


(なんて良い天気……こういう時、いつも天気と気分が合わない……)


 どんよりとした心を引きり、それでも下を向いて足を進めていると、代表が立ち止まった。一歩、左に道を開ける。


「着いたぞ」


 しかし、トラブルは顔を上げる事が出来ない。下を向いたまま、代表を見ずに手話をした。


現在時刻13時。南西800メートル地点。


「ハッ! よし、上出来だ。常に警戒をおこたるな。……見ろ」


 トラブルは目を泳がせながら、顔を上げずに上目遣いでその墓を見た。


 その墓は、そうと知らなければ通り過ぎてしまうほど、盛土もりどが低くなり、自然に返ろうとしていた。








【あとがき】

 下棺げかんとは、ご遺体を墓穴に埋葬する事です。日本の納棺にあたります。

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