第161話 心霊現象⁈


 テオは歯を磨き、顔を洗う。


 バスルームの湿気でトラブルがシャワーを浴びたと知った。


 鏡を見ながら少し後悔した。


(強引に迫ってみれば良かったかなー。お願いしてみるとか? 嫌いになるぞ! とか? ああー、トラブルには、どれも通用しないよなー)


 ふと、宿舎で帰りを待ち構えているだろう家族同然のメンバー達の顔が浮かぶ。


(はぁー……どちらにしろノエル達に、からかわれるんだろうなー)


 テオはベッドを整え、着替えをする。パジャマをたたみベッドの上に置いた。


 部屋のブラインドを開ける。今日の快晴は腹が立たない。


 キッチンで昨日の惣菜パンを見つけ、テーブルに並べてコーヒーを探す。が、ない。紅茶の茶葉を発見した。


(トラブルって紅茶派なんだ……)


 相手の何も知らないのに、好きも嫌いもないと思うが、恋する男子はそんな事は気にならない。


 お湯がくのを待つ間、1階のブラインドも開けに行った。


 壁の写真を改めて見る。


 自然の光に照らされたスミレの花は、まるで生花のようで匂いまで感じた。


(パク先生が言っていた通りチェ・ジオンさんは、すごいな)


 トラブルの後ろ姿の写真を見る。腰まである長い髪の一本一本を彼が愛していたと伝わる。


 突然、テオの息が止まる。


 脳裏に串刺しになり重なるトラブルとチェ・ジオンの姿が浮かんだ。


 血塗れのチェ・ジオンが頭をもたげ、目がテオを見る。


 彼の無念がテオの胸に流れ込んだ……ように感じた。


「くっ!」


 胸をつかみ、腰を曲げて倒れそうになる体を壁に手を付いて支えた。


(ミン・ジウはあなたのものだけど、トラブルは僕のものだ!)


 テオは心の中で強く叫ぶ。


 テオの周りに風が吹き、玄関がバタンと閉まる。その途端にテオの胸が楽になった。


 ホッと体を起こすとトラブルが立っていた。


どうしたのですか⁈


「ああ、お帰り。何でもないよ」


 トラブルはテオの額に手を当てる。冷たかった。


(冷や汗をかいている……)


 テオの体を支えながら階段を上り「大丈夫」と、繰り返すテオをベッドに寝かせる。


 ベッド下の引き出しから体温計と血圧計を取り出し、それぞれ測定する。


「トラブルんは何もないけど、何でもあるんだね」


 笑うテオの頰に赤みが戻って来ている。


 体温も血圧も正常だった。


 鍋がキンキンと音を立て始める。


「お湯、沸かしてんだった!」


 トラブルが走り、火を止めた。


 鍋が焼き切れて底に小さな穴が開いてしまった。


 テオが後ろからのぞき込み「ごめん。トラブル」と、項垂うなだれる。


 トラブルは気にしないでと微笑み、それよりもと、体調を気にかけた。


気分は? 動悸どうきはしませんでしたか? 冷や汗が出る事が、よくありますか?


「ううん、ないよ。さっきは下で写真を見ていたら……そうだ、急にチェ・ジオンさんを感じて、で……」


彼を感じた⁈


「うん。で、僕、ミン・ジウはあなたのものだけどトラブルは僕のものだって叫んだんだ。心の中で」


 トラブルは驚いた顔で先をうながした。


「で、風が吹いて、チェ・ジオンさんが消えて、トラブルが帰って来た」


心霊現象だと?


「あー、僕は霊感とか強い方だけど」


怖い事言わないで下さい。


「トラブルは幽霊が怖いの? 僕は感じても怖いと思った事はないよ」


……生きている人間の方が怖いですが。


「だよね。僕も同じ。もう、大丈夫だから朝ご飯食べよう」


はい。その前に着替えて来ます。テオ、昨日の脱いだ服はどうしましたか? 洗濯しておきましょうか?


「あー、パジャマは置いておいてもらおうと思ったけど……いいよ、自分で洗濯して持って来る」


 トラブルは分かりましたと、バスルームに消えた。


 シャワーの音が始まる。


 テオは水を飲みながら、ふと、バスルームをのぞきたい衝動に駆られる。


(ダメダメ、朝から何考えてんだ。鎮まれー、僕ー……)

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