第274話 愛されたい


(いつ感じた? そうだ、ずっと前。トラブルが宿舎に来て……僕にピルエットを見せた時?)

(第2章第75話参照)


 ノエルは鏡にうつる自分の目を探り見る。


(いや、その前からトラブルを見ると気後きおくれしていた。意味もなく、ただ居心地が悪いと感じていた……なぜだろう)


 自分から目をそらす。


(自信を失う感じ…… 僕が? 僕が自信を失う? そんなバカな! 歌もダンスも人一倍頑張って、夢を叶えて、父さんに自慢の息子だって言われて…… ワールドツアーをやるんだよ? 世界が僕等を見に来る!)


 期待を込めて顔を上げる。しかし、そこには自信のかけらも見えない自分の目があるだけだった。


(なんで……)


 ふと、練習生になる為に会社の寮に入る日の出来事が蘇った。


 ボストンバッグを肩に掛け、未来に目をキラキラさせる息子の手を両手で握る母。


『ノエル、可愛がってもらえる様に頑張るんだよ』


 息子の手を何度もさすりながら母は泣いた。


(母さん……僕は頑張らないと可愛がってもらえないの? 歌が歌えなくなったら? ダンスが踊れなくなったら? 僕は僕でいるだけではダメなの?)


 目頭が熱くなる。


(そうか。ただ、それだけで愛されるテオと、命懸けで愛されたトラブル。僕もそんな風に愛されたいんだ……)


 自分をにらみつける。


気後きおくれしていたのは、うらやましかったから…… 居心地が悪かったのは、上辺うわべだけの自信を見透かされたくなかったから…… 僕は、本当はホントの自信が欲しい。必要とされていると心から感じたい。ありがとうと心から言いたい)


 小さくため息を吐く。


(ダメでも、いいって……言われたい。情けないな。でも、誰かに抱きしめられたい……)


 ノエルはバシャバシャと顔を洗って、深呼吸をした。


 鏡に向かい、自分の頰を叩く。


「よしっ」


 声に出して、バスルームのドアを勢いよく開けて出る。


 すると目の前のテオとトラブルは、ベッドの上で雑炊を挟み、キスをしていた。


「ちょっと!テオ!」


 2人は唇を離し、ノエルを見る。


「あ、ノエル」

「“ あ ” じゃないでしょ! もー、何でテオのラブシーンを見なくちゃならないんだよー! 2回目だよ⁈」

(第2章第183話参照)


「ごめーん。トラブルに食べさせてたら、こぼしちゃって」

「意味不明だけど。続きは僕が寝てからにして! おやすみ!」

「おやすみー」


 ノエルはゼノの隣に横になり、ふんっと腕を組んで目をつぶった。


 テオはトラブルに向き直す。


「トラブル、もう少し食べようか。はい、あーん」


 トラブルは素直に口を開ける。もぐもぐと口を動かしながら手話をした。


ノエル、少し変ではありませんでしたか?


「そう? なんで?」


いつものノエルなら、ニヤニヤとしばらく見ている様な?


「あー、そうだけど……驚いたんじゃん?」


そうですね……。


「はい、最後の一口だよ。あーん。OK! 完食です」


セスfeat.テオwithノエルは、美味しかったです。


「本当? 良かったー。水に浸けてくるね」


 テオが医学書のお盆を下げる間に、トラブルは歯磨きに行く。


 テオも隣に並び、歯を磨き始めた。


 2人で水道を奪い合いながら含嗽うがいを済ませ、テオはトラブルにチュッとキスをした。


「今度は、ミント味だ」


 目を細めるトラブルを抱きしめる。


「元気になって良かった。明日は仕事を休まなくちゃダメだよ?」


 トラブルは、テオの肩でうなずくと少し気が遠くなる感覚がした。


 テオにしがみ付く。


「ん、倒れそう? つかまって」


 テオはトラブルを、お姫様抱っこしてベッドに運んだ。


 宝物の様にそっと置く。


「大丈夫?」


 トラブルは心配顔のテオを引き寄せ、唇をとがらせてキスの催促さいそくをした。


「ん? チューして欲しいの? どうしようかっ……」


 トラブルはテオの言葉をさえぎり、頭をつかんでキスをした。


「んんっ。こら、病人は病人らしくしてなさい」


 はーいと、返事をするが、トラブルはテオを抱きしめたまま離さない。


(これって、ノエルが言っていた『女の子もヤリたい時がある』ってやつなのかなぁ?)


 テオに女心が分かるはずもなく、ストレートに聞く。


「ねぇ、もしかして、したいの?」


 トラブルは慌ててテオを押し離した。


 首を横に振る。


「違うの?」


 首を縦に振る。


「なんだ、そうか……残念。僕も寝るよ。ジョンに潰されない様に気を付けてね。おやすみー」


 テオはノエルの毛布に入り込み、トラブルに手を振って背中を向けた。


 トラブルは、テオの背中を遠目に見ながら、ベーっと舌を出す。


(ジョンが寝ているベッドでしたいわけないじゃん。イチャイチャしたかっただけなのに……バカ。“したいの?” なんて、テオの台詞せりふじゃない。誰の入れ知恵だ?)


 多分あいつだと、彼氏の幼馴染をにらみ付ける。


(あーあー、ぐっすり寝たから眠れなくなっちゃった。甘い物が食べたいな……)


 トラブルは、そっとベッドを降り、床で雑魚寝ざこねをするテオ達を横目に、キッチンの戸棚を開ける。


 案の定、何もない。


 次に冷蔵庫を開けるが、料理の材料以外は入っていなかった。


(デザートは買って来てないか……)


 ツアーを前に体型の管理を怠らないメンバー達に感心しながら冷凍庫を開けると、アイスが入っていた。


(やった。どれでも、食べていいのかな……うん、よし、早い者勝ちだ)


 トラブルはチョコレートバーに手を伸ばす。


(あ、歯磨きしたんだった。ま、もう一度すればいいか)


 アイス片手に、ルンルンとベッドに向かい歩き出した瞬間、眩暈めまいに襲われた。


(ヤバッ……!)

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