第320話 突っ込まないで


 トラブルは手話をするが、セスは見ようとしなかった。


「セスー。トラブルが待ってていいのかって聞いてるよ?」


 ジョンが手話を読んで伝えた。


 トラブルは、正解と、ジョンを見る。


「正解! やったー!」

「ジョンさん! すごいです。手話が聞けるのですね」


 ソヨンが驚いてジョンに拍手を送る。


「うん! 何となく分かるんだー」

「何となくじゃなくて勉強しろよ」

「勉強って聞いただけで歯が痛くなる〜」

「なんだそれ」


 セスは失笑する。


 ゼノが戻って来た。ノエルとテオも続く。


 ノエルは控え室に入るなりメイク女子達に謝罪した。そして、ゼノの頭痛のタネを増やす。


「仕事を中断させてスミマセン。ソヨンさん、皆んなに気を遣わせてしまうからライン交換しない?」


 メイク女子達は「きゃー!」と、ソヨンの背中を叩く。


 ゼノは一応の理解を示した手前、グッと言葉を飲み込んだ。


 ソヨンは真っ赤になりながら「は、はい」と、スマホを取り出してノエルとライン交換を行う。


 女子達は興奮が収まらないまま、ソヨンと共に控え室を出て行った。


 ア・ユミとダテ・ジンは、その光景に驚く。


「ずいぶん、大っぴらに……恋愛禁止ではないのですか?」


 ゼノは、ひとつ咳払いをして余裕の微笑みを作って見せる。


「いいえ。根も葉もない熱愛報道には警戒をする様に言われていますが、禁止と言われた事はありませんよ」


 ゼノの言葉にセスが「プッ」と、吹き出した。


「リーダーが練習生時代に女の家から帰って来ない伝説を作った張本人だからな。禁止なんか言えるわけがないよな」

「セス……それを言わないで下さい。若気わかげいたりです」

「デビューしてからも、帰って来なかったんだよー! 僕達、どうすればいいのか途方とほうに暮れてたんだからー」

「ジョン、申し訳なかったと何度も謝りましたよね?」


 ア・ユミのノートにはメンバー達の性格やプライベートが、すでに書き切れないほどになっていた。


(なんて、オープンなアイドルなの……彼女同伴でツアーに出てるし。そうだ、お2人揃っているところで……)


「あの、ゼノさん。今朝はダテがオートバイでトラブルさんに危険な行為をさせてしまい、申し訳ありませんでした」


 ア・ユミは深々と頭を下げた。


「え、えっと? ……あ! いえ、あの、それはー……」


 ゼノは返事に詰まりながらトラブルを見る。


 トラブルは首をかしげて見返した。


 その様子に、ダテがア・ユミを肘でつつきながら耳打ちする。


『ほらー、先輩。先輩の勘違いですって』

『ご本人から聞いたのよ⁈』

『ゼノさんが、そう思いたいだけなのかもしれませんよ?』

『ええ⁈ そんな』


 2人の日本語の会話を聞いたトラブルは、ゼノをジッと見つめた。


 思い当たるゼノは、その視線の意味を理解する。


「トラブル、これには事情がありまして……えーと、セス、助けて下さい」


 セスが口を開こうとするとダテが先にトラブルに聞いた。


「トラブルとゼノさん、好き、同士ですか?」


 トラブルは眉間にシワを寄せ、はあ⁈ と、ダテを見た。


『ほら! やっぱり勘違いですよ! トラブルとゼノさんは恋人同士じゃありません! イエス!』

『なんで、伊達くんが嬉しそうなのよ』


 トラブルはテオとセスに向かい、手話をした。


よく分かりませんが、ゼノと口裏を合わせた方が良いですか?


「あ、えっと、どうした方がいいのかな……」


 テオはセスに視線で助けを求める。


 セスは手話で答えた。


テオとの事を隠す為に、お前とゼノが付き合っている事になっている。しかし、ダテに感づかれた。ここは過去にゼノと何かあったとしておくのが自然だ。


……分かりました。テオ、お願いします。


「え! 僕がそれ言うの⁈」


 テオの頓狂とんきょうな声に、一同、注目する。


「あの、その、トラブルとゼノはー……昔は、仕事の関係でなくて……過去に何かあったって、説明しづらいなぁ」


 テオは頭をかく。


「以前、お付き合いされていたという意味ですか?」

「そ、そう」

「別れた?」

「そう、そう」

「では、今はセスさんと?」

「な! なんでセスなの! ぼ……!」


 飛び上がるテオの口をゼノが塞ぎ、ジョンが羽交い締めにして止めた。


「何度、見ても飽きないなぁ」


 ノエルは髪をかき上げて笑う。


「ゼノとこいつは、過去にいろいろあったが、今は……あー、友人として支え合っている」


 セスが上手い事を言ったとドヤ顔をしてみせた。


「そ、そうでしたか……あの、私、誤解をしたままで申し訳ありませんでした」


 ア・ユミは再び、頭を下げる。


「いえ、キチンと説明をしなかったので。こちらこそ、申し訳ありません」


 ゼノもホッと頭を下げる。


「トラブル、セスと好き、同士ですか?」


 ダテが再び、テオの頭を噴火させる。


「ダテ・ジン! 何で、そう思うのさ!」

「トラブルとセス、おにあうです」

「ダテくん。お似合いよ。おにあい!」


 ア・ユミがダテの発音を直させる。


「お似合いです」

「見た目の問題なの⁈」

「いえ、なんか、感じが、2人、とてもいいです」

「う。それは、僕も思うけど……」

「思ってんじゃねーよ」


 セスは、いつもの面倒くさそうな顔をしてみせる。


 ノエルがテオの肩に手を置いて、テオを見ながらダテに言った。


「前にセスは、会社の慈善事業で手話を勉強したって言ったよね?(第2章第252話参照)トラブルはセスの先生なんだよ。だから、子供の頃から一緒にいるテオとは違う雰囲気を感じるんだと思うよ」


 ノエルは柔らかい笑顔をダテに向ける。


「先生! なるほどー」


 ダテが納得をしていると、ア・ユミがさらなる疑問をぶつけて来た。


「トラブルさんはノエルさんとも子供の頃からの知り合いだったのですね?」

「ん?」

「お2人は幼馴染ですよね? でしたら、トラブルさんとも子供の頃から交流が」

「え、あ、うー、あー……テオとは兄弟みたいに育ったけど、トラブルとは会ったことはなかったよ。ほら、テオんの法事とかに顔を出してたわけじゃないから」

「ああ、そうですよね」


 ア・ユミがうなずき、ノエルが胸を撫で下ろした時、マネージャーが呼びに来た。


 ゼノがメンバー達に呼び掛ける。


「リハが始まりますね。さあ、行きましょうか」

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