第232話 顔面パンチの結果


 トラブルは飛ぶ様に階段を駆け上がる。


 マットの上に座るセスを、ゼノとジョンが取り囲んでいた。


「トラブル、見て下さい。セスの唇が切れてれているのですよ」


 トラブルの顔から血の気が引く。


(殴った時だ。暗かったから……まさか、切れていたなんて)


 私が……と、トラブルは手話を始めるが、セスはそれを遮った。


「ゼノの足が当たったんだよ」

「私の足ですか⁈」

「膝かかかとか知らんが、寝ている時にガツンと来たんだ」

「それは、すみません。冷やさないと……あ、保冷剤は持っていますね。トラブル、てあげて下さい」


 トラブルはセスのかたわらに膝をつき、セスの顎を上げさせる。


 左の下唇が切れ、薄っすらと赤くれていた。


ごめんなさい。


 トラブルは皆に見られない様に、小さく口パクで言う。


 セスは猫が威嚇するように鼻にシワを寄せ、トラブルをにらんだ。


「セス、痛むの? 冷やしておいた方がいいよ」


 テオは、セスの手から保冷剤を奪い取り、当てようとしたが、ある事に気がついた。


「この保冷剤、溶けてる……」


(しかも、カバーまでして……)


 セスは咄嗟とっさに嘘をいた。


「お前らが寝た直後だったからな」

「そ、そっか。新しいの持って来るよ」


 テオは保冷剤のカバーを外しながら、冷凍庫を開ける。そこには、ケーキの箱に入っていた保冷剤が無造作に投げ込まれていた。


(これ、ケーキ屋さんのじゃない……医務室と同じやつだ。奥にしまってあったはず……)


 テオは振り返り、セスとトラブルを見た。


 セスはいたずらしてくるジョンに「触んなよ、バカっ」と、傷を守っていた。トラブルはマットを畳んでいる。


 テオは感じた疑問を振り払う様に、セスに向かい保冷剤を投げる。


「はい、セスー、受け取ってー」

「お、サンキュ」


(セスが、僕にサンキュー⁈ そんな事、1度も言った事ないのに……)


「お腹空いたー! シャワー浴びて来るから、作っておいてねー」


 ジョンがバスルームに消えた後、ゼノが再び謝った。


「セス、本当にすみません。今日は番組収録なのに……」

「いや。このくらい、メイクでどうにかなるさ」

「ソヨンさんに、叱られますね」

「腕前を見せてみろって、言うさ」

「すみません。寝相は悪くないと思っていたのですが……」

「大した事じゃない。それよりも、ノエルのフォローを考えよう」

「そうですね。代表がどう発表するか確認しておかないといけませんね」


 ゼノとセスのやり取りを聞いて、トラブルは心の中で謝罪した。


(ゼノ、ごめんなさい。濡れ衣を着せて。テオに隠す為? なぜ、そんな事をセスは……)


 トラブルの神妙な様子に、セスが声を掛けた。


「おい、筋肉ブタのエサを作るぞ。テオも手伝え。ゼノ、今日のりは何時だ?」

「12時です。11時にここを出れば充分間に合いますが、一度、宿舎に帰りますか?」

「いや。テオは?」

「ううん、僕も帰らなくて大丈夫」

「じゃあ、しっかり食って朝昼兼用だな」


 テオは惣菜パンをテーブルに並べる。


 セスは、味噌ラーメンの残りの野菜とサムギョプサルの三枚肉を塩胡椒で炒め、食パンで挟んだ。


「いい匂い! いただきまーす!」

「ジョン! びしょ濡れですよ!」

「まったく、いつもなんだからー」


 ワイワイと賑やかなブランチをすませ、メンバー達は帰り支度を始める。


「寝具を置いて行って構いませんか?」


 ゼノがトラブルに聞く。


「歯ブラシも置いてくねー」

「こら、ジョンの家ではありませんよ」


 トラブルは腰に手を当て、いいですよと、うなずいて笑う。


 トラブルが洗い物をする間、4人はテオの案内で川原に出た。


「ここは本当に良い所ですね。道路から見えないですし、目の前には川で人目に付かない」

「帽子とマスクなしで、外に出たのは久しぶりだな」


 テオは、セスの唇の傷を見る。


「セス、その傷……」

「あ?」

「ううん、何でもない……」


(意外と鋭い奴だな……でも、何も聞けないか……)


 セスは青い家を見上げる。


(お前も、テオの強さを信じろ……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る