第483話 テオの椅子


「トラブルは楽なほうを選ばない。崖も工夫しながら真正面から登って行くよ」

「俺もそう思う。下から見上げると、もっと楽に行けば良いのにと思うよな?」

「うん」

「でも、あいつの山は転がり落ちれば死か精神の破綻はたんが待っている。俺達みたいに自分で選んだ山なら、違う山に変える事も出来るが」

「うん」

「必死にしがみ付いていると、そこで、チェ・ジオンに出会った。しかし、チェ・ジオンは転がり落ちて消えた」

「うん……」

「そして、また『困難』の山を登っていると『テオ』という椅子を見つけた」

「僕?」

「そうだ。『テオ』という椅子で安らぎを得た」

「僕と出会ったんじゃないの?」

「お前は、まだ、ずっと下だ」

「そうか」

「お前は下から見上げて、あいつを癒したいと願い、椅子を送ったんだ」

「うん」

「その椅子が言った。『チェ・ジオンが落ちて、君のしがみつく崖が崩れにくくなった。良かったな』」

「そ! そんな事、言ってないよ! 守ってもらえて……守ってもらえてない?」

「いや、守ろうとしたはずだ。片手で崖の壁につかまりながら、片手であいつを支えた。あいつも同じ事をしていた」

「うん……」

「そして、お互い支え合えなくなって、2人とも両手で壁をつかむ」

「……」

「目をつぶり必死に耐えていると、チェ・ジオンは消えていた。自分も手を離そうか悩んだ。何年も壁にぶら下がったまま悩み続け、そして、また、1人で登り出した。そこで『テオ』の椅子に出会った」

「僕の椅子はひどい事を言ったんだね……」


 テオは下を向いたまま、ボソッと言った。


 セスは、そんなテオを見て、ふーっと、一息吐く。


「やっとの思いで僕の椅子に座れたトラブルに……僕は下から見上げているだけなのに、楽な場所から簡単に……傷付くはずだよね」

「1番の理解者なんだろ? 連絡してみろよ」

「うん、ありがとう……セスが……」

「あ?」

「セスだったらトラブルを幸せに出来る?」

「……くだらねぇ事、言うな」

「だって……トラブルの理解者はセスじゃん」

「タイプじゃないって言わなかったか?」

「そう……だっけ……? でも、トラブルは美人だよ?」

「お前なー。てめーの女を他の男にすすめてどうすんだよ」

「だって……トラブルには幸せになって欲しいから……」


 セスは、いつものポーカーフェイスを装いながら頭を抱える。


(まったく……仕方がない、ノエルの時と同じ手を使うか)

(第2章第337話参照)


「じゃあ、あいつと別れろ」

「え! あ、そっか、そうなるのか……」

「ハッ! お前なー! 自分と別れないで俺と付き合わせるつもりだったのか⁈」

「ううん。付き合わせるつもりはなかったけど……」

「あ? どうやって、あいつを幸せにしろと?」

「それはー……考えてなかった」

「お前なー」


(あー、テオには調子を狂わされる)


 セスは抱えた頭をぐるぐると回す。


「セス? 大丈夫?」 

「大丈夫じゃない」

「え! 大丈夫⁈」

「だから『大丈夫』じゃないって」

「そ、それはー……大丈夫?」

「あー! もう!……お前、出てけよ」

「え! ひどい!」

「ひどい事してんのはテオだろ? 俺の時間を使うな」

「ご、ごめん」

「じゃあな」

「うん……じゃあ」


 テオはセスの部屋を出ようとして、そして、振り向いた。


「ねぇ、セス。僕とトラブルは……対等じゃないの? 楽な場所にいる僕は……下なの?」


 セスは息を飲む。そして、答える事が出来なかった。


(それに答えたら、お前らは終わりだ……)


 テオはそんなセスを見る。


「ごめん。変な質問をして……じゃあね」


 テオは部屋を出て行った。


 セスは椅子の背に寄り掛かり、目をつぶる。


(テオ、お前らに上も下もない……別の世界にいるんだ……決して交わる事のない別次元に……)

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