第210話 ガム


 ジョンに医務室にアイスを食べにおいでと伝える。ついでにゼノとセスも誘って来る様に。


 内線電話の向こうで、ジョンの奇声が聞こえた。


「いっ! 耳が痛いよー、ジョンー」


 テオが、そう受話器に告げた時にはすでに電話は切れていた。


「ここまで聞こえたよ」


 ノエルが笑いながらアイスを頬張る。


 ジョンがガラス戸にぶつかりながら駆け込んで来た。


「アイスー! 本当に食べてるー!」

「早っ。冷凍庫に……」


 ジョンはノエルの言葉を待たずに、すでに冷凍庫を開けていた。


「どれでも、食べ放題⁈」

「食べ放題じゃないよー。3日に1本だってさ」


 テオが、アイスをわしづかみにするジョンの手に1本だけ残し、残りを冷凍庫にしまう。


「えー、バニラはないの?」


 ジョンは、テオが渡したオレンジのアイスキャンディーを持ちながら、また、冷凍庫を開ける。


「クリーム系はダメなんだって」

「えー、じゃあ、カキ氷はいいの?」


 ジョンは冷凍庫を閉め、アイスの袋を開けながらトラブルに聞く。


はい。でも、練乳はダメです。餡子あんこ、餅、当然、アイス乗せも禁止です。


「小豆は体にいいじゃん!」


 トラブルはジョンに向かい、バツと、体の前で腕をクロスさせる。


「なんだよー、ケチー」


 口を尖らせて、アイスを頬張る。


「ん〜! 久しぶりの甘さ〜!」

「仔犬に、どんどん食べ物を与えて太らせちゃう飼い主の気持ちが分かった」 


 ノエルが最後の一口を口の中で溶かしながら笑う。


「僕もだよー。そんなに美味しそうに食べられると、おかわりさせたくなっちゃう」

「テオお兄様、優し〜。早く、おかわり下さい」

「えーと、させたくなっちゃうだけです」

「だから、その望みを僕が叶えてあげます!」


「どんな理論で、そうなるのでしょうねー」


 いつの間にか医務室に入って来ていたゼノとセスが、ジョンを尻目に、真っ直ぐ冷蔵庫に向かった。


「3日に1本、食べていいんだってさ」


 テオが声を掛ける。


「トラブル式ダイエットなら、続けられそうですよ」


 ゼノはセスに1本渡して自分の分もアイスを取る。


「3日に1本は食べた方がいいって意味なのか? 食べなくてもいいのか?」


 セスの質問にトラブルは首を振る。


食べなくてもいいです。


「セス、いらないの⁈ 僕が食べてあげる」

「誰がいらないと言った。3日に1本って聞いただろ」

「うがー! 僕、3日前、食べてない! だから、今、食べる!」

「そういう知恵は働くのな。3日前分を食べたら、体が3日前に戻るぞ」

「ぐっ! じゃあ、3日後分食べる!」

「3日後に俺達が食べてるのを、指くわえて見てるんだぞ」

「ノー!」


 ゼノは2人のやりとりに笑いながら、ジョンに優しく言う。


「今日は、すごく頑張ったのでご褒美をあげたいですが、頑張った事が消えてなくなってしまいますよ。来週のMV撮影まで、もうひと頑張りですよ」

「ううー」


 ジョンは『待て』をされている仔犬の様に、上目遣いでゼノを見る。


 テオは「半分だけでもダメ?」と、トラブルに見る。


 トラブルは、タブレットタイプのガムをジョンに渡した。


「ガム〜! やったー!トラブル、ありがとう!」


「なるほど、ガムですか」


 ゼノが感心していると、ジョンはガムを数個口に入れ、満足気に噛む。


「良かったですね。ジョン」

「うん、頑張れる」


「さて、練習に戻りますか。ノエルはー……無理そうですね」

「うん。僕はトレーニングに行こうかな」


 それを聞いたトラブルはノエルに手話をする。


上半身に振動を与えない様に。ウォーキング程度にして下さい。


「歩くだけ?」


 不満気なノエルにジョンが提案する。


「僕に振付を教えてよ」

「そうだね、そうするよ」

「トラブル、僕がノエルが動かない様に見張っているから、いいかな?」


 テオはトラブルに許可を求める。


はい。絶対に踊らない様に。


「分かった。必ず守らせるよ」

「ジョン、次第だなぁ」

「僕のせいにしないで!」


 5人は医務室を出る。すると、ゼノがセスを捕まえて戻って来た。


 本人と、心配するテオに聞かれない様にトラブルに本当の事を教えて欲しいと頼んだ。


「トラブル、ノエルの右手は悪いのですか?」


はい。ヒビが入っている可能性があります。本当は石膏のギプスをさせたいです。相当、痛むはずです。


 セスがゼノに伝える。


「そうですか……」

「俺達に出来る事は?」


本人の自覚症状を鵜呑みにせず、安静をたもたせて下さい。ゼノ、シーネをはずさせない様に。


「バレていましたか」


ノエルが外したいと言い、あなたの許可が出たからテオも黙って従った。違いますか?


「違いません」

「リーダー形無しだな」

「はい。すみません」


 セスは鼻で笑いながら、恐縮するゼノと医務室を出て行った。

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