第474話 スワローテイルバタフライ


 テオを乗せたバイクはテレビ局の地下駐車場に入った。


 トラブルは信号のタイミングが良かったと胸を撫で下ろす。


り時間には遅刻だけど、仕事に穴を開けなくて済んだ……)


 バイクを降りて、2人はヘルメットを外す。


「トラブル、ありがとう。助かったよー」


 テオはトラブルとハグをした。


「こらぁ! 何、してんだー!」


 ユミちゃんがマネージャーを追い越して駐車場に駆け込んで来た。


 テオとトラブルは慌てて体を離すが、すでに時遅く、ユミちゃんに目撃されてしまった。


「あ、あの、ユミちゃん……これは……」


 テオはトラブルをかばう様に前に出る。


「トラブル! 説明してよ!」

「ユミちゃん、あのね……」

「どいて! トラブルに聞いてんの!」

「僕達は真剣に……」

「当たり前でしょ!」

「へ? それはー……?」

「私のトラブルと遊びだったら、ぶっ飛ばしてやる!」

「えー……え?」

「どけって言ってんの!」

「ユミちゃん、トラブルに怒ってる?」

「そうよ! 何でテオを泊めるのよ! 私は行った事もないのに! ひどいじゃない……私達、友達でしょ? それなのに……」


 テオはトラブルと困惑して顔を見合わせる。


「ユミちゃん? 僕達の事、黙っていてごめんね。あの、言おうと思ってたんだけど、言いづらくて……」

「はぁ? 何、言ってんの? あんた達が付き合ってんのなんか、お見通しよ」

「え! どうして⁈」

「お肌に出てるのよ。2人が同じタイミングで『エッチしました』って、顔に書いてあるんだから、分かるわよ」


 トラブルは肩の力が抜ける。


「じゃ、じゃあ、僕の事、ぶん殴らない?」

「今はぶん殴ってやりたい気分よ!」

「なんでさー!」

「私より先にテオを泊めたなんて許せない! ぶん殴ってやる!」

「うわ! なんで僕なんだよー。それならトラブルを殴ればイイじゃーん」

「私のトラブルを殴れるわけがないでしょ!」

「ムチャクチャだよー!」

「うるさーい! 問答無用!」

「キャー! ヤメてー!」


(こらこら……)


 トラブルは、拳を突き上げてテオを追いかけ回すユミちゃんを止める。


時間がありません。


「ん? なあに? トラブル?」


 ユミちゃんは上目遣いで体をしならせる。


「ねぇ、僕と態度違い過ぎでしょ」

「うっさいわね! 訳しなさいよ」

「二重人格だよー!」

「早く、訳せって言ってんの!」

「もー。時間がないってさ」


 ユミちゃんは、ハッと我に返る。


「そうよ! テオで遊んでる場合じゃなかった! ほら、早く来なさいよ!」

って……ノエルにも言われた事があるよー」

「グズグズすんな!」

「はいー!」


 メイクアップルームで、メンバー達は支度を終わらせていた。


 ユミちゃんの後ろからテオが現れ、ノエルは思わずハグをする。小声でテオの耳元にささやいた。


「テオー、バレちゃったね。大丈夫だった?」

「うん。前にノエルが教えてくれた、何とかの5段階は終わった気がする」

(第2章第425話参照)


「こんなに早く?」

「うん。わーってなって、落ち込んで、また、わーってなって……あれ? 最後がない」

「最後の段階って事?」

「うん」

「受容はしてないって事かー」


 ユミちゃんはビシッとテオを指差す。


「そこ! 時間がないって言ってんのに! 座りやがれ!」

「ユミちゃん、どんどん怖くなるよー」

「首! 右向く! そのまま! 動くな!」

「ひ〜ん」


 ユミちゃんはテオの首にアゲハ蝶のシールを押し当てる。手の温度で温めながら、ゆっくり台紙を剥がすと、黒い線だけの大きな蝶の図案が張り付いた。


 そこに彩色を加える。


 当初、黄色い蝶にする予定だったが、疑っていたトラブルとテオの関係を知り、ユミちゃんの気分はブルーだった。


(誰が誰と付き合おうと勝手だけど、隠されていたのはショックよ……2人とも遊びで付き合える人じゃないのは分かってる。でも、応援はしないわ。今はね……)


 ユミちゃんの筆遣ふでづかいを息をひそめて見つめるメンバー達は、呼吸をするのを忘れた。


 ユミちゃんの筆は、テオの首に青いアゲハ蝶を浮かび上がらせ、細い筆で黒い羽の模様を入れて行く。黄色で可愛いらしく仕上げる予定だったアゲハ蝶は、鱗粉りんぷんを感じるほど精巧に描かれ、後翅こうし(下羽)はさらに長く伸び、黒い粉を振り撒きながらテオの首にまとわり付いた。


「よし、終わり。テオ、動いていいわよ」


 テオは首を鏡に写しながら感嘆の声を上げる。


「ユミちゃん、すごいよ。飛び出しそうだよ」

「ま、急いだ割には良く描けたわ。さあ、ジャケットを羽織って。出番よ」

「うん!」


 マネージャーはコンセプトと違い、派手過ぎではないかと心配したが、テオは、その美しい顔と表情で見事に妖艶なアゲハ蝶を演じて見せた。


 楽屋のモニターでパフォーマンスを見ていたソヨン達は、ユミちゃんに拍手を送る。


「ユミちゃんに来てもらって本当に良かったです。素敵です」

「ソヨンも練習しなさいよ。難しくないんだから。ところで、トラブルは?」

「トラブルなら帰りましたよ」

「え! 私を置いて⁈ 帰るわ!」


「あー! ユミちゃん、僕、どうだった? これ、カッコいいって大評判だったよー!」


 収録を終えたテオは、廊下でユミちゃんを見つけて叫ぶが、ユミちゃんは「お疲れ!」と、言って、足早に立ち去った。


「ユミちゃん、どうしたんだろう?」


 テオはノエルの顔を見る。


「トラブルの所に行ったんだよ。話をしにね」

「そうか……トラブルの事、ぶん殴らないかなぁ。心配だよ」

「まさか、ユミちゃんの怒りがトラブルに向くとはねー」


 ノエルが肩をすくめると、セスは「そこがユミちゃんのいい所だろ」と、笑う。


「うわ、セスが人を褒めてるよー」

「どういう意味だ、ノエル」

「なんでもありませーん」


 ノエルはテオを引っ張って逃げて行った。


 楽屋でテオにポーズを取らせ、首のアゲハ蝶の写真を撮る。

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