第495話 カンガルー肉


 オーストラリアのテオは、トラブルに連絡を入れるか悩んでいた。


 いつもの様に、理由は分からなくても自分が傷付けた事は事実なのだから、謝るべきだと思ったが、トラブルの気持ちが落ち着くのを待たずに謝罪を受け入れさせるのは違うとも感じていた。


(僕が謝ればトラブルは許してくれるけど、でも、その繰り返しじゃ、我慢ばかりさせて……トラブルを傷付けて来た人達と同じになっちゃう。僕は、その人達とは違う……)


 テオは何度もスマホを取り出しては置くを繰り返し、連絡したい気持ちを抑えた。


 初のシドニー公演を無事に終わらせ、楽屋でシドニー市長と記念撮影を行う。


 ホテルに戻ってからは、貸し切りのレストランの一角で雑誌のインタビューと写真撮影を済ませて、今日の仕事は終了した。


「ありがとうございました。また、皆さんとお会い出来る日を楽しみにしています」


 ゼノはオーストラリアの雑誌記者に英語で挨拶をし、メンバー達も頭を下げて記者とカメラマンを送り出す。


「お腹空いたー!」


 ジョンが空腹を訴え、それが合図だったかの様にワゴンに乗せられた食事が運ばれて来た。

 

「やったー! オージービーフだ!」


 ジョンは巨大なTボーンステーキに手を伸ばす。


「こら、ジョン! 揃ってからですよ」

「はーい」


 ゼノに叱られ、ジョンはフォークをくわえて、料理が揃うのを待った。


 ゼノがスタッフ達を労い、グラスを持って食事前の挨拶をする。


「今日は、たった1日でしたが無事に公演を終わらせる事が出来、皆さん、ありがとうございました。今度は充分な準備期間を確保してから来たいですね。あ、代表に言っておかなくてはならない事が増えましたね」


 スタッフ達から笑いが起こる。


「では、お疲れ様でした。カンパーイ!」

「カンパーイ!」

「お疲れ様でしたー!」


 スタッフ達は思い思いの席に座り、賑やかに食事を始めた。


「いただいてまーす!」

「ジョンー、口に入れてからなんて、おかしいでしょー?」


 ノエルがサラダを取りながら笑う。


「ゼノ、これってカンガルーって書いてあるけど……あの、カンガルー?」


 テオは小ぶりなパイの皿の前に添えられた料理名を見て聞いた。


「カンガルー肉のミートパイですね。オーストラリアの名物料理ですよ」

「カンガルーって食べられるんだ……ジョン、食べて見てよ」


 テオはジョンにパイを渡して勧める。


「僕に毒味をさせるのー⁈ ひどーい! 食べるけどさー!」


 ジョンはパイをひと口食べ、美味しい〜と身悶える。そんなジョンを見て、テオとノエルもパイを手に取った。


「ん、ミートパイだ。テオ、美味しいね」

「うん、普通に美味しい。牛みたいに牧場とかで飼っているのかなぁ。野良のらじゃないよね?」

「野良のカンガルーってなんなのー⁈」

「え、だって、山で銃でバーンって」

「で、ここで料理になっているって言うの⁈ イノシシみたいに⁈」


 ノエルは大笑いをする。


「なんで笑うんだよー」

「そもそも、カンガルーって山にいないでしょー?」

「え、そうなの?」

「もー、テオ。おもしろすぎるよー」

「ねえ、何がおもしろいの?」


 ジョンがミートパイを頬張りながら話に入って来た。


「テオが野良のらのカンガルーが山にいるって言うんだよー。おかしいでしょ?」

「ノエル、おかしくないよ。カンガルーに注意の看板、立ってたじゃん。道路に」

「嘘⁈ 」

「ゼノー! 野良のカンガルーっているよねー!」


 ジョンがゼノを呼び、ゼノは赤面して返事をした。


野良のら……野生のカンガルーと言って下さい。恥ずかしい」

「ほら、テオは間違ってないよ」

「そうなんだー」


 ノエルはまじまじとミートパイの肉を見る。


「これ、ジビエなの? 臭みもないし本当に美味しい」

「うん、美味しいよね。これって韓国でも食べられるのかなぁ」


 テオがつぶやいた。ノエルには、その意味が分かり、ニヤリとしてテオの肩に手をやる。


「その気持ち、すごく分かるよ。僕もシンイーに食べさせてあげたいって思ったもん。綺麗な景色とか、美味しいモノとか、一緒に分かち合いたいって思うよねー」

「うん……トラブルの口に合うか分からないけど……」

「テオ? まだ、トラブルと話していないの?」


 テオは手に持ったミートパイをじっと見て、肩を落として言った。


「うん。なんか……理解出来ないまま謝って仲直りをしても、それを繰り返す様な気がして……本当は、僕はトラブルを一生掛かっても理解出来なくて、傷付け続ける気がするんだ。それって、すごく残酷だよね……」

「テオ、トラブルと別れる気なの⁈ 」

「え! そんなつもりはー……でも、自信がない」

「そうか……」


 ノエルはテオに相槌を打ちながら、目でセスを探した。


 テーブルの片隅で1人食事をするセスは、ノエルの視線を避ける様に背を向けている。


(セスも昨日から変だし……セス、2人の行く末が見えているの? セス、答えてよ。ねぇ、セス)


 ノエルは頭の中でセスに語り掛けるが、セスは答えなかった。


(それが答え……? でも、セスはテオの底力を知らないでしょ。テオは落ち込んでからの方が強いんだよ)


 ノエルは元気のないテオを励まそうと、わざと大きな声を出した。


「テオ、部屋でアイスを食べようよ。食欲もないみたいだし。ね?」

「うん、そうしようかな……」

「決まり。僕の部屋で食べよう」


 ノエルはマネージャーに先に部屋に戻ると伝え、テオの背中を押して行く。


 レストランを出る2人をジョンが見つけた。


「ノエル! どこに行くの?」

「部屋でアイスを食べるよ」

「僕も行く!」

「え、えー……」

「なんで⁈ 僕も行く!」

「ジョン」


 ゼノがジョンを止めた。そして「ノエル、行って下さい」と、ジョンを引き受ける。


「ゼノ、ありがと。ジョン、明日ね」


 ノエルは不貞腐ふてくされるジョンに手を振って、テオとレストランを出て行った。


「なんで、僕はアイスを食べちゃいけないの?」

 

 ジョンはゼノに口を尖らせてみせる。


「ジョン。テオの元気がないと思いませんか?」

「トラブルとケンカしたからでしょ?」

「ノエルはテオの元気を出す為に、一肌脱いだのですよ。邪魔してはいけません」

「僕が美味しそうにアイスを食べて見せれば、テオは元気になるよー」

「あー、そうですね。それはー……もう1人元気のない人に見せてあげて下さい。ほら、あそこの」


 ゼノはジョンに、セスを見る様にうながす。


「セスも元気がないの? いつも通り不機嫌なだけだと思ってた」

「疲れている様なので、お願いしますよ」

「うん! 任せておいて!」


 ジョンは大皿にたくさんのデザートを乗せ、セスの前にドンッと置いた。


 セスは面倒くさそうに、その皿とジョンを見比べる。

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