第500話 スケープゴート2


 ノエルは沈んだ声で聞く。


「ソヨンさんは、代表になんて言われたの?」

「公式に否定すると。私に対する誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを続けるなら法的手段もいとわないとコメントするそうです」

「そうだよね……」

「あの、ノエルさんは、なんと言われたのですか?」

「あのワインラベルのメッセージは『ノエル』に宛てたもので……『ノエル』はユミちゃんと交際……まではいかないけれど、仲良くしているって。だから、ユミちゃんが僕達のチームから外された事に……」

「お前の熱愛報道にするのか」


 セスは鼻で笑う。


「そうするしか、ないよね……でも……」


 ノエルの頭には、シンイーが悲しそうに顔を背けるイメージが浮かんだ。


 セスは真っ直ぐに項垂うなだれるノエルを見た。その視線にノエルは、セスが自分の気持ちを聞いてくれ様としていると分かった。


「シンイーは、芸能界とか全然、うとくて、僕の事も知らなくて……だから、僕が人目を避けるって事も理解してもらうのに時間が掛かったんだ。今回の事、説明しておいても、報道を見たらきっと傷付く……テオを守る為って理由もシンイーには意味が分からないよ。まだ、子供なんだ。そんな大人の事情なんて……無理だよ……」


 ノエルの声は、ソヨンには聞き取れないほど小さかった。しかし、セスには充分に伝わった。


「いいかノエル、よく聞け。ソヨンがツアー中に帰国した理由を説明しても、ソヨンの家族に注目が集まるだけでソヨンへの攻撃は止まらない。ネットの中の奴等は、真実よりも聞きたい話しか信じないんだ」

「分かっているよ……だから、代表のプランがベストだよ」

「しかし、しかしだ。上手く嘘を塗り固めても、所詮、嘘の壁なんだ。奴等もバカじゃない。いつかは見抜かれる」

「じゃあ、どうすればいいの⁈ 僕はテオを守りたいし、代表はトラブルとソヨンさんを守りたいんだよ⁈ ソヨンさんがかすむくらいの情報を流さないと! テオに2度目のスキャンダルは致命的だって事、セスだって分かってるじゃん!」


 ノエルにもセスにも、ソヨンが呼吸を忘れるほど体を固くしていると伝わって来ていた。しかし、今のノエルには、そんなソヨンを気遣う余裕はない。セスは心の中で、泣いて話を止めてくれるなと祈っていた。


「ノエル……今は、お前の女の事は忘れろ」

「な!」

「よく聞け。違う事実を大きくして、隠したい真実しんじつを隠す」

(この感じ……あの時と同じだ……)

(第2章第308話参照)


「違う真実⁈ セス、いったい……」

「お前はテオが好きだろ? それはファンの中でも周知の事実だ」

「うん」

「それを利用する。『ユミちゃんとワインを飲んだノエルにテオは嫉妬しっとしている』」

「え、それ、僕が最初に思っていた……」

「お前はファンが、そう持って行ってくれると期待したんだろ? 事実、そうコメントしてテオとソヨンの味方をするファンもいる。それを最大限に利用するんだ。テオが『ノエル』にヤキモチをいて大変な事になっているとツイートするんだ」

「そうか……2人の同性愛説を信憑性のあるものに見せる」

「そうだ。そうすればソヨンの入る余地はなくなる」

かすむくらいに……」

「お前の女にはテオと幼馴染みと言えば、何となく受け入れるだろう?」

「そうだね……兄弟の様に育ったって言えば……嘘じゃないし。うん、きっと大丈夫だよ」

「よし、あとのシナリオは頼んだぞ」

「うん。任せておいて」


 セスはソヨンに手を挙げて部屋を出て行った。


 ソヨンは体を固くしたまま、涙目でノエルを見る。


 ノエルは優しい笑顔を向けて語り掛けた。


「ソヨンさん。僕ね、守りたい人がいるんだ。一般の人だから彼女を守りたくて……ソヨンさんの家族をあやうく……ごめんね。もう、大丈夫だからね……」


 ノエルはソヨンから目をらし、部屋を出ようとする。ソヨンは勇気を出してノエルを呼び止めた。


「ノエルさん! あの、私……私もチームの一員なんです。メンバーを支える覚悟と言うか、ユミちゃんみたいにファンからも一目置かれる存在になれる様に頑張っているんです。結果はまだまだですが、でも、守ってもらうだけのスタッフには、なりたくないんです。だから、だから私は平気です。少し、驚いただけで……平気ですから!」


 目を赤くしたまま小鼻を膨らませて、自分を鼓舞こぶする様に言うソヨンを見て、ノエルは微笑んだ。


「うん、そうだね。さすが、ユミちゃんに育てたいと思わせるだけの事はあるね。根性がある」

「はい! 根性だけは誰にも負けません!『ネットの中の奴等』にも負けませんから。だから、ノエルさんも力いっぱい、その方を守って下さい! ノエルさんなら、やり遂げられます!」


 ノエルは髪をかき上げる。


「あはっ! 泣き虫のソヨンさんに励まされちゃった。ありがとう。じゃあね」


 ノエルはソヨンの肩をポンッと叩き、部屋を出て行った。






 自室に戻ると、マネージャーは代表と電話をしていた。ノエルは話の内容で、シドニー市長が謝罪コメントを出すと知った。


 ベッドに座ったままのテオが顔を強張こわばらせ、スマホを握っている。


「ノエル、ソヨンさんが大変な事に……」

「うん、でも大丈夫だよ。代表が対処してくれるから。ソヨンさんも『負けない』って言ってたから。すぐに終息させよう」

「でも、どうやって? 僕、また、やらかしちゃった……」

「ゼノも、そう思っているよ」

「え、ゼノが言っていたの?」

「ううん。でも『テオのラベルを確認すべきだったー!』って頭を抱えているよ」

「そうだよね……」

「テオ、テオもゼノも悪くないよ。あの、ワインラベルはうちのスタッフが確認してから公表する予定だったんだから。盗み撮って流出させた犯人はシドニー市長が見つけてくれるよ」


 ノエルは電話を終わらせたマネージャーとテオに微笑んで見せた。


 そして、いつもの様に髪をかき上げる。


「こういうの、僕が得意って知っているでしょ? セスがアイデアをくれたから完璧だよ。ただ、テオに演技をしてもらわなくちゃね」


 テオは鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をして、マネージャーと顔を見合わす。


「テオ。テオは僕と今まで以上にイチャイチャしてくれればイイから。あー! 考えるだけで楽しくなってキター!」


 ポカンと口を開けるテオとマネージャーを尻目にノエルは荷造りを始める。


「何? 2人とも帰り支度しないの?」

「ああ、はい。あと1時間で出発します」

「OK。ほら、テオも準備しなよ」

「はいー……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る