第216話 上手


 カーテンの内側でトラブルを降ろす。


「ここなら、いいでしょ?」


ダメです。仕事ちゅ……


 テオはトラブルの手話を待たずに唇を奪った。


 トラブルはテオの肩を押して逃げようとするが、テオは頭を押さえて唇を離さない。


 力を入れて肩を押すトラブルの手首をつかみ、ロッカーにはりつけにした。


 トラブルは横を向いて、テオの唇を避ける。しかし、テオは執拗に絡み続けた。


 手首を押さえられては何も出来ない。


(またっ! もう、いい加減に……)


 トラブルはテオと自分の間に足を曲げて膝を入れた。と、タイミング悪く、膝が興奮するテオの腹を直撃した。


「ぐっ」


 テオは腰を曲げて腹を押さえる。


 すると、後ろの壁に尻が当たり、体が弾かれて顔面でロッカーをバーンと鳴らした。


 目から火花を散らして崩れ落ちるテオ。


ごめんなさい!


 謝るトラブルの手話を見る事が出来るはずもなく、テオはうずくまったまま腹と顔を押さえる。


「ううう〜」


ごめんなさい。


「痛いよー、トラブルー」


ごめんなさい。


「イテテ……2回も蹴飛ばさなくてもー」


ごめんなさい。大丈夫ですか?


「うー……」


 なんとか体を起こし、やっとトラブルを見る。


「なんで蹴るのさー」


ごめんなさい。大丈夫ですか?


「大丈夫じゃないよー。顔から血、出てない?」


出ていません。ごめんなさい。冷やしましょう。


 トラブルはテオを支えてソファーに座らせる。


 保冷剤を渡す。


 テオは顔面を冷やしながら、トラブルにねた表情を見せた。


「仕事中でも、少ししか会えないから会える時は、昨日の分とか、明日の分とか、イチャイチャしたくて……あれ? ジョンのアイスみたいな事、言ってる?」


 トラブルは、言っていますと笑う。


「ねぇ、僕の事、好きじゃなくなったの?」


なぜ、そう思うのですか?


「だって、前はトラブルがチュッてしてきたり、指を舐めて来たりしてたのに……」

(第2章第100話参照)


あー、それはー……。


「それは、何?」


テオが……上手だから……。


「何が? 僕、何が上手なの?」


……キス。


「僕のキス⁈ 本当? 本当に僕、キスが上手?」


はい……だから、止められなくなりそうで……。


「だから、トラブルからしてくれなくなったの? 僕、キス上手いんだ」


笑わないで下さい。


「笑ってないよー。そうかー、僕、上手いんだー」


(余計な事言っちゃったかなー)


 トラブルは顔をしかめて、鼻の頭をく。


「ふ〜ん、僕、上手いんだ〜。んふふふ〜、トラブル、僕のキスが欲しくなったらいつでもおいでね」


調子に乗らないで下さい。マネージャーが探しに来る前に戻りますよ。


「はーい。最後に美味しいキスは欲しくない?」


 テオは手を伸ばすが、トラブルは、その手をかわして、バカっと、顔で言う。


 トラブルは医務室からテオを追い出した。


 テオは笑顔で手を振りながら、投げキッスをしてスタジオに戻って行った。


(まったく、誰かに見られたらどうするつもりなんだ⁈)


 そういう、トラブルの顔も頬が上がっていた。


 トラブルはラーメンのカップを捨て、テオが使っていた保冷剤を冷凍庫に片付ける。


 ふと、床に目をやると、クーラーボックスが1人寂しく持っていた。


(忘れて行ってしまった……)


 白衣を羽織ってドアの前に不在の札を下げ、クーラーボックスを持ってスタジオに向かう。

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