第2話 セス


 数日後。


 今日は郊外のリゾートホテルを借りてプールサイドでタイトル曲のダンス撮影を行う。


 この高台に建つ3階建ての高級リゾートホテルは、こじんまりとしているが白亜の外観が南国を思わせる風情があり、人気のホテルだった。


 広い芝生の庭に白と青のタイルでデザインされたプールがあり、まるで海外で撮影した様な画が撮れると選ばれた。


 今回はレストランに面した中庭にある小プール前での撮影となった。


 レストランとレストラン上の3部屋を貸し切り、メイクルーム、スタッフとメンバー達の控え室に割り振られた。


 パク・ユンホは、ダンス中の写真はもちろん、撮影合間のメンバー達の素顔もとらえるつもりでいた。


 リハーサルの為に体育館でメンバー役をした大道具スタッフ達が中庭に集まって来た。


 撮影スタッフの動きが慌ただしくなる。


 大道具スタッフ達は、いつもの様にそれぞれメンバーの名前が書かれたゼッケンを身に付ける。


 トラブルは今日もジョン役に駆り出されていた。


 大まかな打ち合わせを行い、音楽を流す。


 自分の担当メンバーのダンスをこなしていく大道具スタッフ達。撮影カメラは打ち合わせ通りの動きで間違いが無いか、確認をしながらリハーサルが進んで行った。


 リハーサルに飽きた大道具スタッフ達は、またトラブルにちょっかいを出し始める。


 踊りながら肘を当てたり前へこずいたり。4人はクスクスと笑いながら順番にジョン役のトラブルのダンスの邪魔をした。


 パク・ユンホの隣で真正面からリハーサルを見ていたセスは不愉快な気分になった。


 しかし、トラブルがされたままでいる事、パク・ユンホが何も言わない所を見ると(知り合いなのか?ただ、仲間内でじゃれあっているだけ?)と、思った。


 そのうち、ある事に気が付いた。


 トラブルが、しきりに後ろのプールを気にしている。


 足を引っ掛けられても、さっと避けながら踊り続けるが、プールと自分の距離が気になって仕方が無い様子でチラチラと後ろを見ていた。


 セスの気付きに気が付いたパク・ユンホは、薄ら笑いを浮かべてそっと耳打ちをする。


「あいつは泳げないんだ。水が怖いそうだよ」





 小休憩に入る。


 スタッフ達は用意された飲み物を思い思いに取り、レストランに入って談笑を始める。


 トラブルはパク・ユンホのカメラバッグを持ち、後ろから付いてレストランに入った。


 セスは、その様子でトラブルもパク・ユンホのアシスタントの1人なのだなと知った。


 トラブルはパク・ユンホとセスのテーブルから一礼して離れ、水の置かれた棚に向かうが、その途中のテーブルにあの大道具スタッフ達が陣取っていた。


 トラブルは一瞬足を止め、右に迂回して水を取った。


 離れた場所で椅子に腰掛けると、ゼノ役のスタッフがニヤニヤと近づいて来た。


「パク先生と座らないんですか?」


 嫌みっぽく言い、トラブルの顔をのぞき込んで前髪に触れようとする。


 トラブルはサッと立ち上がった。


「先生のお膝に座りに行くのかなぁ?」


 ゼノ役の一言に周囲からドッと笑いが起こる。


 トラブルは何も言わずに、誰とも目を合わさず、ただその場から離れてセス達のテーブルの横を通り過ぎて中庭に出て行った。


 その様子を見ていたセスは、困惑してパク・ユンホに聞く。


「……トラブルは仲間では無い? なぜ、アシスタントがひどい扱いを受けているのに、何も言わないんだ?」


 パク・ユンホは少し考え、そして、さらりと言った。


「トラブルには『トラブル』と呼ばれる理由があるのだよ。自分の身に起きたトラブルは自分で解決するだろうさ。あと、彼女は私のアシスタント兼専属看護師だ」

 

 パク・ユンホは、いつもの様に腕を組み、片手を頬に当てて、薄笑いを浮かべる。


 




 休憩終了とスタッフが知らせ、ジョンのバク転シーンのリハーサルが始まる。


 まずは、ジョン役のトラブル1人でバク転をしてみせる。


 後ろのプールとの距離を充分に確認して音楽に合わせて軽々とやってみせた。


 その様子をレストラン2階の控え室からゼノが見ていた。リーダーのゼノはメンバー達を呼ぶ。


「この間のバスケの子、すごいですよ」


 メンバー達は窓に集まり、トラブルに注目した。


 ジョン役のトラブルの後ろに他のメンバー役達が並ぶ。


 1フレーズ踊り、ジョンのバク転、そして1フレーズ踊ると打ち合わせを行う。

 

 音楽が流される。


 1フレーズ終わり、ジョン役のトラブルがバク転から着地した瞬間、誰かがトラブルの足を払い、トラブルはバランスを崩してそのまま後ろに飛んで行った。


 バッシャーン!


 トラブルは背中からプールに落ち、派手な水音を響かせる。


 大道具スタッフ達は腹を抱えて大笑いする。


 正面から見ていたセスと、2階から見ていたメンバー達は驚いて腰を上げるが、プールの水面の波が鎮まろうとしてもトラブルは浮いて来なかった。


 徐々に、笑っていたスタッフ達の顔が強張った。


 どうしようと皆が困惑する中、セスが「チッ」と、舌打ちをして、プールに飛び込んだ。


 しばらくして、2人の手がプールサイドをつかむと、数名の撮影スタッフがセスを引き上げる。


 セスは、彼女にも手を貸してと、言いたいが水でむせ込み言えない。


 トラブルは自力でプールサイドに上がり、白いタイルの上で這いつくばったまま肩で息をしてた。


「タオル! タオル!」

「休憩だ! 一旦、止めろ!」


 撮影スタッフが叫んでリハーサルは中断され、タオルはセスにだけ差し出される。


「お前ら……」


 セスは大道具スタッフをにらみながら向かって行った。トラブルを突き落とした4人は「ヤベッ」と、レストランに逃げて行く。

 

「待て!」


 セスは4人を追い掛けた。


「お前ら、何をしたのか分かっているのか!」


 セスがスタッフ達につかみ掛かろうとした、その時、トラブルがセスの前に立ちはだかった。


 トラブルはびしょ濡れのまま、両手を差し出してセスを制止する。


退け! こんな事をする奴らと仕事は出来ないだろ!注意しなくちゃならないんだよ!」


 セスはトラブルをかわして、スタッフをつかもうとするが、トラブルは両手を差し出したまま首を横に振る。


 トラブルの髪から水滴が飛び散る。


 セスはトラブルと目が合った。


「お前は平気かもしれないが、俺はあんな奴らが大嫌いなんだよ!」


 トラブルはうなずきながら真っ直ぐにセスの目を見て、口を動かした。


 声は聞こえない。


「自分で?」


 セスの言葉にトラブルはうなずく。


「自分でどうやって解決するんだ?」


 トラブルは、分からないと、首を横に振った。そして、右手を胸にあて、そしてまた、ゆっくりと口を動かした。


(でも、自分で。信じて)


 それを見たセスの力が抜ける。


「分かった……信じる」


 上から見ていたメンバー達がレストランになだれ込んで来た。


「大丈夫⁈ 」

「何があったの?」


 口々に心配したとゼノに声を掛ける。


 メンバー役の4人はすでに立ち去っていた。


 そして、トラブルもいつの間にか姿を消していた。

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