第422話 スイッチを切る人
「あれ?」
「あれじゃねーよ」
セスは、首を傾けてジョンのパンチを
いつも以上に不機嫌な顔を末っ子に向ける。
「お前。今、俺を殺そうとしただろ」
「セ、セスー! 生き返ったー! 良かった〜」
ジョンは、ヨロヨロと床に座り、セスの膝に倒れ込んだ。
セスはそんなジョンの頭に手を当て、顔を上げさせた。ジョンは涙顔のまま、嬉しそうに「良かったよ〜」と、笑顔を向ける。
セスは思わず微笑んで、ジョンの頬を
「セス……大丈夫ですか?」
ゼノが、床で放心状態のまま声を掛ける。
「ああ。誰かの殺意を感じて慌てて戻ったが……豚だったか」
セスの指に力が入る。
「痛い、痛い。セス、これ痛い」
「俺を殴り殺そうとしただろ」
「違っ! 痛い、本当に痛い」
「正直に言え」
「痛い、ほっぺ痛い。離して。痛い」
「あはっ! ジョンの殺意を感じるまでは、どこにいたのさー」
ノエルが笑いながら、ジョンの頬からセスの指を離す。
「さあな。始めての感覚だった……あちこちに飛んで……俺の気配に気付く奴もいたし、ハッキリと目の合う奴もいた……」
「気付いた人は驚いただろうねー。セスってバレちゃった?」
「いや、それはー……分からん」
「そうか。でも、戻れて良かったよ」
「ああ、豚のおかげだ」
「『おかげ』のお礼が、これなのー?」
ジョンは涙目で頬をさする。
「それは、殺意に対する礼だ。お前さー、死んでもいいから助けるって矛盾してるだろ」
「それくらい、本気だったんだよー」
「“自分” が死んでもいいから。だろ」
「あれ? そういう意味なの? 僕、死にたくない」
「バカがっ」
「命の恩人に向かってー!」
「命の恩人に、命を取られそうになったけどな」
「なんだよー! ……本気で心配したのにー……」
「分かってるから、泣くな」
「勝手に涙が出て来るんだよー」
「もう1回、つねってやろうか?」
「イヤ〜!」
ジョンは両手で頬を隠して、床を転がる。
セスは笑いながらも、よろよろとソファーに寄り掛かった。
「セス、顔色が悪いよ」
テオが声を掛ける。
「ああ……体ってのは、重いんだな」
「少し、休んだ方がイイね」
「ああ、その前に……あいつが困っているから、ユミちゃんの所に行って来い」
「へ? あいつって、トラブル? ユミちゃん?」
「とにかく、行って来いよ」
「う、うん。分かった……」
テオはノエルの顔を見る。
「ユミちゃんの部屋は廊下の突き当たりだよ」
ノエルに
「ねぇ、セス。トラブルの所に行っていたの?」
「別に。戻る時に見かけただけだ」
ノエルは「ふ〜ん」と答え、何か食べた方がいいからと、部屋にある果物の乗る皿をセスに見せた。セスはバナナを2本取り「お前も食え」と、1本をジョンに投げて渡す。
ジョンはバナナを剥きながら「豚になっちゃうよー」と言い、一気に食べる。
「そんな食い方すれば、豚になるだろ」
「どんな食べ方でも、お肉になるのは一緒なんですー。セス、かんぱーい」
「食い終わった皮で乾杯すんな。バカ」
「気持ちでしょー」
「豚のバカな乾杯」
「それ! 言い過ぎだから! もう1本、食べてやる〜」
「バカかっ」
ノエルは、2人のやり取りを見ながら、ある事に気が付いた。
(セス……ジョンに『豚』って言うたびに、アンテナが畳まれて、スイッチがオフに……セスのスイッチを切る人は、まさか、ジョン⁈)
テオはユミちゃんの部屋のドアをノックした。
「あら、テオ。どうしたの?」
「え、えーと。あの、その、どうしたと言われても……」
「あのね、今、トラブルとラインしてて、忙しいの。用がないなら……」
「あの! トラブルと何を話しているの?」
「え? 何って、私があんた達のアンチに『ぶっ殺す』ってコメントしようとしてるのに、トラブルが
「あ! その話なんだけど、もう、解決したから」
「ええ⁈ 解決したって、どういう……ちょっと、入んなさい」
「うん……」
ユミちゃんは、テオを部屋に招き入れ、トラブルにラインを打つ。
「えーと、ちょっと待ってね。『テオが解決したって言いに来たから、話を聞くわ。後で、連絡するから』と。よし。で? 解決したって、どういう事?」
「あのね、僕達のLive見た?」
「見たわよ。それで、騒動を知ったんだから。驚いて代表に電話しちゃったわよー。向こうも大変みたいだったから、根も葉もない事を言う奴には、私が正義をくだしてやるって言ったら、トラブルに相談してからにしろって言うからー。で? 解決したって、どういう事?」
テオは言葉に詰まりながら説明して行くが、そもそも、なぜユミちゃんの部屋に来たのかすら上手く言う事が出来なかった。
(セスに……って言っちゃダメだよね……うー、聞いてから来れば良かったよ〜)
「ねぇ、全然、意味不明なんですけど?」
「ごめん。あの、察して……」
「はぁ⁈ 何のよー。結局、あんたも、私を
「うん……」
「で? ノエル達が上手い事したから、アンチを
「うん、そう」
「でさ、話を戻すけど、なんでテオがそれを言いに来たわけ? トラブルに頼まれたの? 私とラインをしながら、テオに連絡を取ったって事?」
「う、うん。そんな、感じ……」
「感じって、何なのよ。ハッキリしないわねー」
「そうです! トラブルに頼まれました!」
「あんた、嘘が下手ねー!」
「うう……」
「ま、いいわ。トラブルに聞きましょ」
ユミちゃんは、スマホでラインを打つ。
「あ、ユミちゃん、ビデオにしない? その方が、顔が見れるし僕が通訳するから」
「そうよねー! たまには、いい事、言うじゃなーい」
「あ、ありがと?」
ユミちゃんのビデオ通話に、トラブルはすぐに応答した。
「いや〜ん。やっぱり、会えるのっていいわよね〜。テオがね、アンチを煽(あお》るなってトラブルと同じ事を言いに来たんだけど、トラブルが言ってくれって頼んだの? こいつの説明、わけが分からなくて、困ってるのー」
「ユミちゃん、こいつって、ひどい……」
医務室のトラブルは、眉間にシワを寄せて考えた。ユミちゃんの後ろで、テオが手話をしている。
(私が困って助けて欲しいと、セスが言って来た? ん? 意味が……あ、私が困っているから助けて来いとセスに言われて来た! あー、なるほどー。それは、ユミちゃんに説明出来ないよね……)
トラブルは合点がいったと、
「そうなのねー、トラブルが頼んだのねー。でも、なんで?」
(なんで⁈ なんでと言われてもー……えーと…
)
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