第313話 日本散策のあとマネージャーに絞られる


「これで、払うよー。なんでダメなの?」


 ジョンはスマホを店員に見せるが、店員は首を横に振り『ノー、ノー』と、言っている。


 トラブルは後ろから500円玉を差し出した。


「トラブル!来てくれたの⁈ このおじさん、食べさせてくれないんだよー」


 口を尖らせるジョンに、セスの推理通りの行動だと苦笑いするしかないが、間に合って良かったと胸を撫で下ろす。


『なんだ、連れがいるじゃねーか。金持ってんならチケット買いな』


 店員は店に戻り、トラブルはジョンにメニュー表を見せた。


 ジョンが選んだ番号のチケットを買い、カウンターに出してテーブルで待つ。


「このお店、椅子がないんだね。スマホが使えないなんてビックリだよー。でも、いい匂いだしさ、どうしても食べたいってお願いしたのにダメって言われたんだー」


 トラブルはスマホのメモで、日本で韓国のQRコードは使えないと説明した。


「そうなの⁈ 知らなかったー。トラブルを追い掛けたんだよ。でも、見失っちゃってさ。トラブルはどこを走って来たの? この、お店知っていたの?」


 トラブルはホテルでのジョン失踪騒動を書いて見せ、セスに言われて探しに来たと伝えた。


「僕、迷子になってないのに」

『天ぷら蕎麦のお客様ー!』


 ジョンの思考はトラブルが立ち上がった事で一気に蕎麦に戻る。


「うわー。僕、黒いうどんなんて始めてだよ!熱っ!」


 カツオ出汁のいい匂いのする湯気をフーフーとしながら、人生初の天ぷら蕎麦を堪能たんのうした。


「美味しかったー。あと2杯は食べられるね。これ、あそこに運べばいいんだよね?」


 お盆を返却口に返し『ごっそさんっ』と、店員に向かい声を掛ける。


(ごっそさん?)


 トラブルは眉毛を上げ、そんな日本語を誰に教わったのか聞く。


「ダテ・ジンだよ。間違ってた?」


 いいえと、首を横に振るトラブルを見て、ジョンは「良かったー」と、笑顔になる。


 ホテルに向かい歩きながら、ジョンは終始ご機嫌であちらこちらに脱線した。


「見て! 日本車だらけだよ!」


(日本ですから)


「ツツジの花って、白もあるんだー」


(韓国にも、ありますよ)


「ゴミが落ちてる! 東京ってゴミがないと思ってた!」


(ゴミくらい、落ちてるよねー)


「ねえ、トラブル? 急いでいるの?」


(ええ、とっても)


 トラブルは強くうなずいて見せる。


「だったら、電話してくれれば……あ、マネージャーとゼノから着信がめちゃくちゃ入ってる……これって、僕、叱られるパターン?」


(可哀想ですが……)


 トラブルは自分を指差し、一緒にと、手話で言う。


「一緒に叱られてくれるの? ありがとー! そうと決まれば早く帰ろう」


 ジョンは走り出した。


 トラブルは笑いながら後を追う。その速さに目を見張った。


(速い。最近、走っているだけの事はあるな。ついて行くのがやっとだ)


 ホテル正面から入り、ロビー内をジョンはスピードを落とさずに走り抜ける。


 エレベーターのボタンを押し、ジョンの足は止まった。


「1ばーん! 勝った!」


 無邪気に笑うジョンに呆れながら、ゆっくりと手話をしてみせた。


ホテル内を走ってはいけません。


「あ、ごめんなさーい」


 笑顔のままエレベーターに乗り込む。


 ジョンの部屋の前では、マネージャーが鬼の形相で仁王立ちしていた。


「げっ!」


 ジョンはトラブルの後ろに隠れながら廊下を進む。


「ジョン! 説明してもらいますよー!」

「えーと、部屋に入ってからでいいかな?」

「どうぞ、入れるものなら入って下さい!」

「え、あ、あれ? キーがない……」

「ここですよ! キーも持たず、電話にも出ず。いったい、どういうつもりですか! 仕事で来ているんですよ! 観光じゃない! テオが落ち着いたと思ったら、今度はジョン! あなたまで! やりたい事があるなら相談してからと何度も……」


 ジョンはトラブルの後ろで、マネージャーのお叱言こごとを小さくなって受ける。


「トラブル、どいて下さい! ジョン、出て来なさい!」


 マネージャーの怒号を聞きつけてゼノが顔を出した。


「マネージャー、後は任せて下さい」

「ゼノ、お願いしますよ! ジョン、ゼノに叱られなさい!」


 マネージャーは捨て台詞を吐いて階下に降りて行った。


 ジョンはトラブルの背中を押して手を伸ばし、ドアを開ける。


 トラブルをゼノに向けたまま、部屋に入り、小さく「ごめんなさい」と、言った。


 ゼノはトラブル越しにジョンに言う。


「何か食べて来ましたか?」

「うん、黒いうどん……」

「黒い何?」

「うどん……」

「黒いうどんなんて、あるのですか?」


 ゼノはトラブルを見た。トラブルは指文字で『そば』と、示す。


「あー、蕎麦ですね。ジョン、それは蕎麦というのですよ。美味しかったですか?」

「うん、すごく……」

「良かったですね。あとは何か面白いものはありましたか?」

「うん、パフォーマーがたくさんいて、お客さんもたくさんいて遊園地みたいだった」

「それから?」

「えっとねー、僕だって気付かれなかった!」


 ゼノに話を聞いてもらいながら、ジョンはトラブルの後ろから出ていた。


 すっかりいつもの明るい笑顔に戻っている。


「僕達も外で歌ってみようよ。緑の中で踊ったら気持ちいいよー」

「それは、いいアイデアですね。次のMVに活かしましょう」

「やったー!」

「ジョン、冷めてしまいましたが、この朝食、食べますか?」

「うん、食べる」

「では、あと2時間で出発ですからね。今夜もこのホテルに帰ってくるので、荷物はそのままで。トラブルをテオに返しますよ」

「はーい。トラブル、ありがとう」


 トラブルはジョンにペコッと頭を下げて、 ゼノと共に部屋を出た。

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