第93話 キス


 テオは立ったまま、少し照れながらトラブルを見下ろしていた。


皆んなは?


「マネージャーに最近さぼってるって叱られてさ、ダンスの練習に行ったよ。僕はトイレって逃げてここに来ました」


悪い子です。


「はい、悪い子です。チョコレートケーキの事、言い忘れてたと思い出して。もう、食べちゃってたけど」


美味しかったです。


「良かった。甘すぎないケーキ屋さんを見つけるの大変だったよ。セスなんて拷問だって言うんだよー。確かに、皆んな太ってきちゃってたけど」


 メンバー達に試食させたのかと申し訳ない気分になる。


 トラブルはケーキの箱を見て、会社の近くだと気が付いた。


「うん。また、買ってきてあげる。あ、今はトラブルの方がお金持ち?」


 トラブルは笑う。


私のお金ではありません。


「そうだよね、寄付するんだもんね……あのさ、チェ・ジオンさんの話をしたくなったら僕に話して。もし、したくなったらだけど」


 トラブルは驚く。


(この子は本当に太陽の子かもしれない……)

(第1章第60話参照)


(何度、助けられただろうか……ヤバい、泣きそうだ)


 トラブルが下を向いてしまったのでテオは辛い事を思い出させてしまったのだろうかと慌ててひざまずいた。


「ごめん、ごめんね」


 トラブルは違うと首を振り、嬉しいのと、鼻の奥のつんとした気持ちを隠さなかった。


(今まで彼の話しはタブーだと思っていた。自分で勝手にそう決めていた。彼の話を聞いてくれようとする人が現れるとは。しかも、私が話したい時に……)


 トラブルの中に、ある計画が浮かぶ。


次の休みはいつですか?


「えっと、1日オフは2ヶ月後だったと思う」


相変わらず忙しいですね。その休みの日、私に付き合ってくれませんか? 見てほしい場所があります。


 テオはトラブルを見上げたまま「うん。どこに行くの?」と、不安な顔を見せる。


秘密です。ヘルメットを用意しておいて下さい。


 トラブルは手話でそう言ってからテオの手を取る。


「う、うん。楽しみにしてる」


 トラブルの膝で手を握り合ったまま見つめ合う。ゆっくりと戸惑いながら顔が近付いていった。


 トラブルはテオの顎に手を添える。テオはトラブルの目を真っ直ぐ見ていた。


 さらに顔は近付いていく。


 トラブルは顔を少し傾け、テオの唇に目を落とし、そして……


 トゥルルー トゥルルー……


 テオのスマホが鳴った。


 2人は弾かれるように離れた。


「あ、あの、マネージャーからだ。出ないと」


 どうぞと、トラブル。


「はい、もしもし?」


 スマホの向こうのマネージャーの大声で、赤かったテオの顔は一気に青くなる。


「はい、はい、はーい」と、テオは通話を切り「もう、行かないと」と、口角を下げて仰ぎ見る。


はい。いってらっしゃい。


「うん、じゃあね…… 」


 テオは立ち上がり医務室を出ようとして立ち止まる。そしめ、きびすを返して戻って来た。


どうし……


 手話を見ずにギュッとトラブルを抱きしめ、そして、頰にチュッとキスをして無言で足早に立ち去った。


 トラブルはテオにキスされた頰に手をやる。


(な、なんて可愛い奴。ヤバい。本当にヤバい。次、2人きりになったら押し倒してしまうかもー)





 医務室を出たテオは、両頬に手を当てたまま顔が真っ赤になっているのを感じる。


(すごい、僕って大胆。トラブルにキスしちゃった。こんな顔じゃ戻れない。落ち着けー)


 顔をパチパチ叩きながら練習室に入って行った。


「あ、テオ、遅いよ。マネージャーが怒って探しに……泣いてたの?」


 ノエルが赤い顔のテオに驚く。


「ううん、泣いてないよ」

「でも、トラブルの所に行ってたんでしょ?」

「うん、でも……」


 テオのスマホがまた鳴る。マネージャーからだ。


 ゼノが代わりに応対し、練習を始めるから大丈夫ですと、説明をした。


 ゼノはスマホをテオに返しながら「その顔は、気になりますねー」と、のぞき込む。


「うん、あのね、トラブルが今度の休みに見せたい場所があるからヘルメット用意しといてって」

「見せたい場所?」

「いいなー、バイクに乗せてくれるんだ」


 ジョンの興味はそこだ。


「今度の休みは、だいぶ先ですね」


 ゼノは記憶のスケジュールを探る。


「あ、正確な日付をトラブルに伝えておかなきゃ」


 テオはスマホを取り出すが「いや、練習が先だ。練習しよう」と、スマホをしまう。


「そうですね」


 ゼノはそんなテオに満足気に微笑んだ。


 ウォーミングアップをしながら、テオはノエルを捕まえて当たり前の様に言う。


「明日、買い物に付き合ってくれるよね」

「いいけどさ。ヘルメットだよね。バイクショップは何時までやってるかなー」

「あと、着ていく服も」

「えっ! まだ、2ヶ月も先だよ」

「一緒に考えてよー」

「またか〜」


 ノエルは頭を抱えてひっくり返る。

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