第269話 聞かれちゃった


「痛むのですか⁈」

「ノエル、痛み止めを飲まなくちゃ!」


 血相を変えるテオにノエルは頭をかく。


「忘れてきたかも」

「また⁈ なんでー⁈」

「テオの荷物に気を取られていたんだよー」

「もー、僕も持ってないよ。トラブルー、痛み止め持ってる? トラブル?」


 テオは返事のないベッドに向かう。


 トラブルは、箸を持ったまま寝てしまっていた。


「トラブル!……なんだ、寝ているだけかー。ビックリしたー」


 テオは、トラブルの手から箸を取り、医学書ごと皿を下げる。


「トラブル、寝ちゃってたよ。雑炊は半分くらい食べれたみたい……」

「本の上で食べたのですか?」

「うん」

「何て、バチ当たりな…… うつわを移して冷蔵庫に入れておきましょうか。えっと、ラップはー……」

「その下の引き出しを開けてみろ。あるぞ」


 セスは見もしないで顎で指す。


「あー、ありました」

「僕の彼女んのキッチンを、セスの方が詳しい……」

「お前が手伝わないからだろ。好きで知ったわけではない」

「そうだけど……何か、嫌な気分」

嫉妬しっとするなら、手伝え」

「うー…… あ、そうだ。ノエルの痛み止め探さなくっちゃ」


 テオは、血圧計の入っているベッド下の引き出しを開けるが、薬は見当たらない。


 トラブルのリュックを探る。すると、薬の袋が出て来た。


「あった。消炎鎮痛剤しょうえんちんつうざいでいいんだよね。あれ、これ……」


 薬袋やくたいの名前は『ミン・ジウ』と書かれていた。


(ノエルのじゃない……トラブルの薬? なんで? やっぱり、どこか悪いの?)


「テオ、あった? あー、それそれ。良かったー」


 テオは、なぜか慌てて1錠取り、薬袋やくたいを隠すように、ノエルに渡した。


「テオ、ありがとねー」

「う、うん……」


 トラブルのリュックに、そっと薬を戻す。


(また、何か隠しているの……)




 食事が終わり、セスが皿を洗い始める。


 ゼノは、キムチを下げながら「つまみにしますか?」と、セスに聞いた。


「いや、酒は買って来てないから。ノエルが飲めないだろ」

「僕に付き合わなくていいよー。セス、飲みなよ」

「いや。風呂入って寝る」

「私は、飲みたい気分ですけど……」

「へえー、ゼノが珍しいじゃん」

「はい…… 一人酒します。冷蔵庫に何かありますか?」

「いや、前に来た時のビールが1缶あるだけだ」

「あー……では、買って来ます」


 ゼノは立ち上がった。


「待て。これを玄関の横に置いておいてくれ。帽子があっただろ」

「マスクですか? 100枚入り……」

「今みたいにコンビニに行く時とか、ちょっと出たい時に便利だろ」

「なるほど。……セスは、いつも全体を見れてうらやましいですよ」


 ゼノは、ボソッとつぶやいて、出て行った。


「僕もコンビニに行きたいって言おうと思ったけど、言えなくなっちゃった。ゼノ、どうしたの?」

「本当、元気ないよね」


 ノエルは思い当たった。


「あー、ジョンは部屋にいたし、テオはトラブルと車に残っていたから知らないよね。セスは聞こえた? マネージャーとゼノの喧嘩けんか


「ケンカ⁈ ゼノ、マネージャーとケンカしたの⁈ なんで⁈」


 テオとジョンは声をそろえて驚いた顔をする。


喧嘩けんかってほどの事じゃない」


 セスは皿を洗いながら、フォローを入れる。


「うーん。でも、ゼノが、あんな風にイライラした様子を見せるなんて、始めてだよ」

「いったい、何があったの?」


 ノエルは、宿舎でのマネージャーとゼノのやり取りを話して聞かせた。

(第2章第265話参照)


「『口をはさむな』とか『仕事は終わりだ』とか、ゼノらしくなかった」

「まあな。でも、お前が上手く取りつくろっただろ?」

「そうだけどさ。僕がお泊りセットってしゃべっちゃったから、責任感じちゃってさ」

「ノエル、僕とトラブルの為に、ごめんね」


 テオは神妙な顔をする。


「違うよー。ゼノの態度が珍しいって話だよー」

「そうか? 珍しくないぞ。あいつは普段から結構、イライラしてるぞ」

「そうなの?」

「ああ。どうすれば、自分の思う通りにことが運ぶか考えている」

「それと、イライラは違うじゃん」

「あっちを立て、こっちを立て、で、思い通りになったとしても、舌打ちしてんだよ。言い方や理由で、YES・NOを決めないで、内容で判断して欲しいんだろ」

「そうだったの⁈ それって僕達にも、そう思っているのかなぁ」


 セスは洗い物を終わらせ、皆の輪に入って座る。


「あー。俺とテオには思っているかもな」

「なんで、セスとテオなの?」

「俺には、あめむちかないし、テオは、あめだらけにしないと言う事を聞かないし、で、内心、舌打ちをしてるさ」

「ノエルとジョンには?」


 テオは少しむくれて見せる。


「ノエルには、あめむちも必要ない。損か得か自分で考えて動くから、ゼノは助かっているはずだ。ジョンは……ペットみたいなモノだから、仕方がないと思っているな」


 テオは、自分がリーダーにそう思われているなんてと、少なからずショックを受ける。


「僕、そんなにゼノの言う事を聞いてない⁈」

「フンッ、自覚のない奴を、コントロールするのは至難のわざだろうな」

「僕、損得勘定で仕事しているつもりは、ないんだけど」

「お前はセルフプロデュースが出来ているって事だ」

「セスも仕方がないって思われてるよーだ」


 ジョンは「ベー」と、舌を出してセスに言う。


「かもな。俺はあめを使われると、その裏にある真実をあばきたくなるし、むちを使われると、相手の精神状態を指摘したくなるからな…… そう考えると、あいつ、すごいな」


 ノエルは左手で髪をかき上げた。


「今はイライラして飲みたい感じなのかなぁ。本当は、皆を休ませなくちゃならないけど、出来ない……みたいな?」

「本人に聞いてみろよ」


 セスがノエルの後ろを顎で指す。


 ノエルが振り向くと、ゼノが怖い顔で立っていた。

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