第290話 父親とパクの秘密


「代表がうちの会社を作る前、うちは小さな芸能事務所だったのですよ」

「え! 初耳だけど!」


 下の3人は顔を見合わせる。


「代表のお父さんが創業者で、私が入った後に代表に会社を譲ったんです。私は代表よりも先に会社にいたのですよ」

「で? お前は何に気付いたと?」

「小さな芸能事務所でしたからデビューしていたのは1組だけ。それも才能や努力なんて関係のない、ただ年齢順に次のデビューが決まっていたのです。私がおかしいと感じたのは、すぐ上の先輩の言葉でした。その先輩は『ここは潰れる心配がないから安心だ』と、言ったのですよ」

「どういう意味?」

「私はアメリカから来たばかりで、韓国は芸能界も年功序列なのだと思っていました。でも、その先輩の言葉で、収入がないのに、なぜ、練習生を抱えて毎年1組づつデビューさせられるのか疑問に思ったのです」

「毎年、1組づつ?」

「そう。先輩達はデビューして、1年経たずに引退して行くのですよ。で、次にデビューする人を決める。そんなやり方で事務所が潰れないなんてあり得ませんよね。しかも、練習生が金持ちの子供ばかりで、贅沢ぜいたくをしたがるとポンと何でも買い与えるのですよ」


 セスはゼノの次の言葉を待つ。


「私は、代表が会社を継いだ時にその疑問を投げかけました。代表は自分の父親の不正行為を話してくれました」

「不正?」

「当時、徴兵ちょうへい逃れで親が子供に芸能活動をさせていると批判が出始めていました。代表は兵役へいえきで軍にいた時に、父親が金持ちの親に頼まれて、子供達を形ばかりのデビューをさせていると知ったのです。金持ちの親達から大金を受け取って」

「そうか、それで年齢順にデビューして、兵役へいえき免除になったら引退するシステムか……」

「そうです。代表は軍部でこの話を知り、かなりみじめな思いをさせられたそうです。自分は、国を裏切ったお金で大学まで行ったと悩んだそうですよ。そして、父親が加担して兵役逃れをした人の分まで国に尽くそうと決心したそうです」

「父親の罪をつぐなおうとした? だから、除隊を延期した?」

「そうです。これは代表の口から直接聞いた事です」

「じゃあ、何で会社を継いだんだ? 前の事務所を隠す様に……」

「それは、代表が上兵から兵長になって、訓練兵の世話をした時に、その事務所で頑張ったけれどデビュー出来なかったという若者に出会ったからだそうです。代表の父親は世間の目をあざむくために、本当に夢見て入って来る子供達も引き受けていました。デビューは金持ちの子しかさせない事は隠して」

「ひどい! そんな事!」

「ええ、テオ、代表もそう思ったそうです。その子達の親は、子供の夢を叶えさせる為に昼も夜も働いているのにと……」

「それで、父親に告発しない条件で引退させたのか……」

「はい。そして、本物の芸能事務所を立ち上げたのです。夢を信じて練習に励む子供達を救う為に。私も救われた1人です」

「……」

「この話は私と、当時、立ち上げに関わった一部の人しか知りません。セス、だから代表は偽装結婚の相手を探す為に除隊しなかったのではありませんよ」

「じゃあ、なぜ、代表は赤いパスポートの事を知っていたんだ……」

「これは私の想像ですが、パク先生と代表のお父さんが知り合いだったのは事実です。なので、パク先生も国を裏切る不正に1枚噛んでいたのではないでしょうか。そして、軍内部にも自分の子供を兵役へいえきから逃したい親がいたら……」

「一般人と結婚させても、住所がさかのぼれない以上、パスポートが取れるとは限らない。パク・ユンホの性格なら早く結果を出せる方を選ぶだろうな」

「はい。兵役へいえき逃れをエサに、婚姻させてパスポートを手に入れた……で、代表は父親から聞いていた……」

「そいつが、今、大佐にまで出世してたって事か……」

「テオ、トラブルは、この事をどこまで知っているかは分かりませんが、トラブルは不正には、まったく関与していないと思いますよ」

「何も知らずに、意味も分からず、赤いパスポートを受け取り、後になって自分が結婚させられていたと知らされた……これで、あいつのパク・ユンホへの態度の悪さの意味が分かったな」


 セスは、鼻で笑う。


 ゼノはテオの前に座り、優しく話しかけた。


「テオ、こんな事、人に説明出来る事ではありません。ましてや、何も知らなかったトラブルには、テオに言えるはずもありませんよ。黙って一般用のパスポートに変えたかったはずです」

「うん、そうだよね……」

「テオは知ってショックだと思いますが、トラブルは知られてショックを受けていると思いますよ」

「うん……」

「トラブルの人生は、身勝手な大人達に狂わされて来ました。テオ、それを受け止める覚悟はあったはずですよね?」

「うん」

「あと、5時間ほどで開演ですよ。リハーサルに行けますか?」

「うん、大丈夫」

「よし。行きましょうか」

「よーし! 頑張るぞー!」


 ジョンが片手を上げて叫ぶ。


「うるせっ!」

「ジョン、今の話、理解出来ました?」

「もちろん! えーと、えーと、えーと……」

「はいはい。行きましょう」


 ゼノがジョンの背中を押して、控え室を出る。

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