第289話 代表の秘密


 ア・ユミは、テオをトラブルの親戚と信じて疑っていなかった。


「事情があるなら教えておいて頂ければ事前に入国審査を受けて、スムーズに入れる様に手配を……」

「ぼ、僕も知らなかったんだよ。そんな、トラブルが結婚……してたなんて……」


 テオは呆然としてソファーに崩れ落ちる。


「テオ! いったい、どういう事⁈」

「ノエル、トラブルが赤いパスポートなのは、結婚してるからなんだって……」

「ええ⁈ セス、説明してよ」


 ア・ユミのスマホが鳴った。


「あ、ダテくんからなので、出ますね」


『はい、どうなりました? あ、そう、じゃ入国出来たのね? 良かったー……うん、うん……』


 ア・ユミはダテ・ジンと会話をしながら廊下に出て行った。


 控え室に残されたメンバー達は、放心状態のテオを見る。


 ノエルはセスに、もう一度説明を求めた。


「ダテ・ジンが連絡して来たんだよ。あいつが入国審査で足止めされているのは、身元引受人の夫である大佐と連絡がつかないからだって」

「夫⁈」

「ああ、年齢が若すぎるし、軍幹部の妻が1人で入国しようとした事に警戒されたらしい」

「……大佐って、何か、聞き覚えがある」


 セスはうなずいた。


「ああ、俺もだ。ゼノ、覚えているか? 代表が、あいつを日本ツアーに参加させるか俺達に相談して来た時、大佐の話が出ていたんだ」

(第2章第170〜172話参照)


「たしか、赤いパスポートはパク先生が手段を選ばなかったからだと……」

「ああ、住民票をさかのぼれず、普通のパスポートを手に入れられなかったミン・ジウにパク・ユンホが新しい戸籍を用意したんだ」

「それが、大佐との結婚……」

「当時、大佐だとは思えないけどな。でも、少なくとも軍上層部の人間だったはずだ」

「そんな事、一言も……そんな大事な事。いつも、僕には何も言ってくれない……」


 肩を震わせるテオをセスは見下ろした。


「テオ、これはパク・ユンホが仕組んだ偽装結婚だ。パスポートを一般用に切替中って言っていただろ? って事は、今は婚姻関係にないって事だ」

「セス、なぐさめてくれているの? でも、どう思えばいいのか分からないよ」

「テオ……」


 ノエルは、ただ幼馴染の肩を抱く事しか出来ない。


「俺も、どう考えればいいのか分からない!」


 セスが力を入れて、メンバー達を見回した。


「セス、どうしたのですか?」

「ゼノ、よく考えてみろよ。代表はこの偽装結婚を知っていた。だろ? 赤いパスポートの説明を俺達にしたんだから」

「そうですね……」

「で、代表は兵役へいえき期間を延長して軍にいた。陸軍にだ。ア・ユミが言っていただろ? 陸軍大佐と連絡が付かないって」

「まさか、トラブルの夫って……代表⁈」


 声が裏返るノエルをすぐに否定する。


「いや、それはない。時期が合わないし代表は職業軍人ではない。代表と結婚しても公人こうじんにはなれない。パク・ユンホが、どれほど顔が広いと言っても、法を犯して戸籍を汚してまで、カメラアシスタントと偽装結婚してくれる人物を探し出せるか?」

「セス、何が言いたいのですか?」

「代表は、知っていただけじゃない。偽装結婚の仲介者だ」

「な! 何を証拠に!」

「証拠はない。でも、辻褄つじつまは合うだろ? 代表の父親とパク・ユンホは知り合いだった。これは、ゼノが教えてくれた事だ。(第2章第138話参照)パク・ユンホに相談された代表の父親は、陸軍にいる息子に協力者を探させたんだ」

「どうやって、そんな事が……」

「さあな、金か弱みか…… 代表は兵役へいえきを延長してまで協力者を探した……」


 セスは続ける。


「でも、なぜだ! パク・ユンホの気紛きまぐれにしても、これはやり過ぎだ。あいつを公人こうじんにしなくてはならない理由があったはずだ。なぜ軍人なんだ。何か見落としている……何だ? 考えろ、考えるんだ。あー、クソ! もう少し情報があれば!」


 セスは室内をイライラと歩き回りながら、壁を叩く。


「セス、やめて下さい。皆がおびえていますよ」


 ゼノはセスを止め、そして聞いて欲しい話があると言う。


「私が、この事に疑問を持ったのは練習生になってすぐの頃です」

「ゼノ、お前いったい……」

「セスには、うちの会社には前身ぜんしんがあったと、話しましたよね? いい機会です。皆んなも聞いて下さい……」


 ゼノは、ゆっくりと話し出す。

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